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2010年3月31日更新(その3)
3月27日。その2。
いよいよ開幕。
事務局長を努めてくださった朝日新聞の川口さんの司会で、今回の主旨などをお話して私からのご挨拶・・・
お客様方のお顔を拝見して、『本当にいろいろな方に支えられて、今回のことに限らず生かしていただいているなぁ。』なんて感謝しながらお話させていただきました。お話しているうちにウィンブルドン、ロンドン、リヨン、パリでの楽しかったことが走馬灯のように頭の中を回転していました。
ご挨拶が終わって、支度です。隣接するレストランの個室を楽屋に拝借して拵えです。外国で鍛えられてどこでも拵えできるようになりました。
椀久は桜井さんデザインの衣装に十徳を着て、頭は桜井さんデザインの帽子付きです。紫と黒でかなりお気に入りです。
休憩開け、二人椀久の始まりです。
カーテンコールまでいただいて、ホッと胸を撫で下ろしました。
お世話になった東京都の方も来てくださって、ご挨拶させていただきました。
皆様ありがとうございました。
アッというまに二回目も終了。
さっきまで、楽屋だったレストランで打ち上げです。
実は今日、麗ちゃんのお誕生日で寄せ書きの色紙とお花をプレゼントしました。麗ちゃん本当にお世話になりました。
20日以上も一緒にいたチームのみんなとも解散です。超寂しい。
またこのチームでヨーロッパに行けますように。
(2010年3月27日 記)
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2010年3月31日更新(その2)
3月27日。その1。
ヨーロッパ公演の集大成、墨田パークスタジオの千秋楽です。
朝10時から『二人椀久』の総ざらいです。
土曜日で渋滞少なめとは思いましたが、8時に自宅を出たら、9時前に着いてしまいました。なぜ?
桜井さん、麗ちゃん、八木さんがスタジオの内装を設営しています。
10時、はるかさんが来て『二人椀久』の稽古。やった。今日はバッチリです。
あとは1時の開演を待つばかりです。
プログラムは…
1、福助挨拶。
2、五吉郎さん・太三郎さんのレクチャー。
3、桜井さんのレクチャー。
休憩を挟んで
4、二人椀久。
の順です。
(2010年3月27日 記)
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2010年3月31日更新(その1)
3月26日。
ワークショップ最後の日。
東京は寒いですねぇ。きのうより雨が降っていない分、少しマシですが、リヨン・パリと暖かかったので本当にこたえます。
年度末の金曜日。道がどこへ迂回しても大渋滞で、自宅から墨田パークスタジオまで2時間以上かかってしまいました。
その寒さにも関わらず23名もの方がワークショップに参加してくださいました。
ワークショップですが、海外でやりたいのももちろんですが、私は日本国内でもっと広くやりたいのです。とかく『敷居が高い』『入りかたが分からない』『ぜんぜん分からない』と云われる、歌舞伎や邦楽・日本舞踊ですが、ちょっと触れてみるだけで、ぜんぜん関心が違ってくると信じております。
そのためには一流のアーティストが楽しく、分かりやすくお話するのが一番と考えています。
今回も常磐津文字兵衛さん(25・26日)兼大夫さん(25日)の常磐津の説明とセリフのレッスン。
杵屋五吉郎さん、福田眞規さんの長唄の説明と唄のレッスン。
中村光江さん連中の踊りのレッスン。
望月太三郎さん社中の鼓のレッスン。
福太郎・福緒の立ち回りのレッスン。
最初は少し照れていた受講者の皆様も最後はとても楽しそうにレッスンを受けていらっしゃいました。
今回は第一回目なので、宣伝もサービスも行き届かなかったですが、また二回目をやる予定でおりますので、ぜひとも奮ってご参加ください。
また各先生のお稽古場は裏梅会で分かりますので、興味のある方はぜひお問い合わせください。
6時にワークショップが終了して、皆様、笑顔でお帰りくださいました。
皆様がお帰りになって、明日踊る『二人椀久』の稽古です。
『歌舞伎と西洋の共演』と云うことで、友人のバレリーナ、増田みさきさんに相談して、松山大夫を中島遥香さんにバレエで踊っていただくことにしました。
私は発案だけしてヨーロッパへ発ってしまいましたので、振り付けを頼んだ光江姉さんと増田さん、モモコ先生は、日本舞踊とバレエを結びつけて、振り付けするのは至難の業だったようです。
私はきのう、初めて見せてもらって、感動いたしました。が、1日で覚えるのはかなりたいへんでした。
はるかさんと合わせて踊ってみると、『ワン、ツー、スリー』でカウントを取るはるかさんに対して『ひー、ふー、みー』でカウントを取る私がどうしても半拍づつ遅れてしまうので、頭をクリアにして、長唄でカウントを取らず、三味線のテンポをワン、ツー、スリーで数えて踊りました。
もう一度DVDを撮って、自宅でさらってまいります。
遥香さんごめんなさい。
帰りもまた渋滞にはまって自宅まで2時間かかってしまいました。
パリ〓リヨンを往復した感じです。
(2010年3月26日 記)
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2010年3月26日更新(その5)
3月24日。
墨田パークスタジオでワークショップしています。
少数精鋭です。
長唄、立ち回り、生演奏の踊りの稽古、鳴り物。本当におもしろいと思うので、ぜひ遊びに来てください。
(2010年3月24日 記)
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2010年3月26日更新(その4)
3月22日。
帰って参りました。
時差ボケしてます。
(2010年3月22日 記)
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2010年3月26日更新(その3)
3月21日。その2。
日本に帰国します!!
(2010年3月21日 記)
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2010年3月26日更新(その2)
3月21日。その1。
いよいよ帰国の途につきます。
シャルルドゴール空港へ。ふぇ〜ん現実に引き戻されちゃう。
(2010年3月21日 記)
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2010年3月26日更新(その1)
3月20日。その5。
パリ公演無事に終了しました。
やっと肩の荷が降りた感じでホッとしています。
皆様のご声援ありがとうございました。
今日は打ち上げパーティーです。
(2010年3月20日 記)
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2010年3月23日更新(その9)
3月20日。その4。
さて…今回の一番?の目的。パリ公演です。
前にもお話したとおり切符は完売しています。
5時開演です。
客席には江口様ご夫妻、福本先生ご夫妻のお顔が見えます。
1985年・1987年のパリ公演で、安徳天皇を勤めくださった森木さんのお嬢様も来てくださいました。今は立派なマダムです。
皆様このもようしに来てくださって、その時に、ダブルキャストだったもう一人の安徳天皇親子様も来てくださいました。
パリ公演もスタンディングオーべーションをいただきました。
(2010年3月20日 記)
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2010年3月23日更新(その8)
3月20日。その3。
リヨンから来ると、パリは騒がしいです。
バスでパリ日本文化会館へ。昼食は日本食のお弁当です。エビフライだ!
2時から場当たりをして暫し休憩。
…と、そのところへ、五吉郎さんのパスポート持って、山口先生登場!本当に良い方です。
宿泊を薦めたのですが、明朝、guideのお仕事があるそうでレバニラとラーメンを食べてお帰りになるそうです。
パリにお嬢様がお二人いらっしゃるのですが、お二人ともお仕事で会えないそうです。かわいそう。
先生、朝7時の電車組にも見送りに来てくれたそうです。
先生ありがとうございました。
(2010年3月20日 記)
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2010年3月23日更新(その7)
3月20日。その2。
TGVの車内で事件勃発。
五吉郎さんがセーフティーボックスを開けるを忘れて、パスポートを忘れてしまったことに気づいたのです。
どうしよう!!
ここでまた山口先生登場。
ホテルに電話してセーフティーボックスの暗証番号を言って開けてもらって『日本人のヤマグチと云う人が行くから渡して』と話したら、そこはアバウトなフランス人。すぐに『ウィウィ』
山口先生がTGVに乗って届けてくださることに。やっぱりご縁があるのかしら。
なんて言っている間にパリ到着です。
(2010年3月20日 記)
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2010年3月23日更新(その6)
3月20日。その1。
楽しかったリヨンに別れを告げてパリに戻ります。
すっかり寝坊癖がついてしまった我々にとってちょっと辛い早起きです。…といっても7時起床で、荷造りして9時集合。
タクシーでリヨン駅へ。
桜井さん・麗ちゃん・ローレンス・舞台監督の八木さんは7時TGVで一足先にパリへ向かいました。
駅までリオネル先生と山口先生が見送りに来てくださいました。
とかく話題にしてしまいますが…
山口先生。この風貌。
なんでも20年間、非常勤教師で、教師だけではたいへんなので、観光guideをなさっているそうです。
北海道・札幌出身でパリに行く楽しみは札幌ラーメン・餃子・ニラレバを食べることだそうです。一見『トトロ』似のナイスキャラ。愛すべき先生です。
9時46分発のTGVで一路パリへ。
リヨン、また来たい。
本当に大好きです。
(2010年3月20日 記)
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2010年3月23日更新(その5)
3月19日。その3。
立ち回りの学生さんには、デザイン科の学生さんがメイクを施しました。今年はブルーなので、白塗りに真っ青、トリコロールまた漢字まで描いてあるメイクもありました。
衣装、桜井さんが立ち回りチームには浴衣。シンガーには黒のパンツルック。みんなカッコ良くできました。
二回目の公演は8時から大きなホールでやりました。
ロビーにはたくさんのお客様が。領事ご夫妻も来てくださいました。
私、桜井さん、文字兵衛さん・五吉郎さんの順で30分レクチャーをしました。
続いて、『梅文字三吉俳優』+立ち回り。
二回目の公演も大好評でした。
終演後のレセプションでは学生さんが着物に絵を描いてプレゼントしてくださいました。
懇親会はlunchをいただいたところで、シェフが腕をふるってくださいました。
今回も学生さんの熱気。先生方の親切にただただ感謝です。
(2010年3月19日 記)
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2010年3月23日更新(その4)
3月19日。その2。
一回目の公演無事終了。
大成功、大好評です。
公演終了後、拵えしたまま学生さん達と質疑応答。また熱っぽい!またまた難しい質問が。1時間半も続きました。
それが終わってちょっと休憩。…のはずが、学生さん達がもっと話しを聞きたいと席を立たないので、今度は文字兵衛さん、五吉郎さんミュージシャンチームのレクチャー開始。これがまた1時間。急遽始めたレクチャーなのにミュージシャンチーム、とてもうまくて、三味線が猫の革と云うと大騒ぎ、バチが象牙って云うとまたまた大騒ぎです。とにかく熱心です。みんな前かがみになって聞き入っていました。
(2010年3月19日 記)
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2010年3月23日更新(その3)
3月19日。その1。
朝11時からブリッジトの卒論のお手伝い取材をしました。ヨーロッパの方の質問は確信をついていて、難しい。今まで考えてもいなかったようなことを聞かれるのでいろいろ考えてしまいます。勉強になりました。
ブリッジトは明日、仕事があるので、一足先にスイスに帰国します。お手伝いありがとうございました。
11時半になって一同ロビーに集合。二台のタクシーに分乗してENSATTへ。
毎回そうなのですが、着くとすぐにlunch。ENSATTでのlunchは学内のホールに女性シェフがいて毎日、美味しいサラダと温かい食事を用意してくださいます。ここでまた感謝です。
いよいよ本番。まずは広めのスタジオで学生さんが観てくれるパフォーマンスです。acterばかりではなく、デザイン・照明・音響・マネージメントなどを勉強している学生さんも観に来てくれました。
私の踊りに立ち回りと学生さんの歌い手さんを入れての公演です。
みんな緊張、緊張です。
(2010年3月19日 記)
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2010年3月23日更新(その2)
3月18日。その2。
きのうのソーセージでちょっと懲りたので、今日は自由行動で近くのレストランへ。
その前にちょっとshopping。日本では絶対に買わないネービーブルーのスーツにネービーブルーのshirt。茶色の靴を買ってしまいました。先日、コメディフランスセーズのガリエンヌさんが黒のパンツに茶色の靴を履いていて超カッコ良かったのです。フランス人は茶色の靴をカッコ良く履いているのです。
今日もシーフードの美味しいお店に。またまた生牡蠣を食べてしましました。でも明日、明後日忙しいのでこれが食べおさめかもしれません。
リヨン大好きです!!
(2010年3月18日 記)
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2010年3月23日更新(その1)
3月18日。その1。
10時半にロビー集合で一同揃ってENSATTへ。
今日はワークショップです。
ENSATTは非常に優秀な学校で入学には100倍の倍率を勝ち抜かねばならないそうです。
ここを卒業すれば就職が確約されている金の卵さんの集まりなのです。だからみんな熱っぽいです。
今回は、立ち回りと『道成寺』の花笠と坊主のくだりを唄ってもらいます。
ダンスの素養があるせいか、立ち回りを覚えるが早い早い。精鋭3組6人と例の怪しい山口先生と福緒組。
早々と手順を覚えて福太郎・福緒にチェックしてもらって、各自で工夫して、間なんかを変えてどんどん進化させていきます。
歌チームも熱心に勉強していてどんどん暗譜していきます。
若いって素晴らしい!!
明日の発表会が楽しみです。
(2010年3月18日 記)
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2010年3月19日更新(その2)
3月17日。その2。
レクチャーが終わって、リヨンの街をぶらぶらしました。本当に美しい街です。パリよりものんびりしていて、よりフランスらしい趣です。
churchも素晴らしい。operaハウスは18世紀の建物の中を改築して中身だけ現代風になっていました。
その近くには、若者がたくさんいてブレイクダンスのレッスンをしていたり、オブジェに向かってスケートボードの練習をしていました。
川べりに出ると、正に絵のような風景でした。
また昨晩と同じENSATT側が用意してくださったレストランに行きました。
前菜のアンディーブとチーズをミルフィーユ状にしたもの。とても美味しかったのですが、メインディッシュのポークの内臓入りのソーセージ。アウト!臭いんだもん。食べられなかった。
dessertは浮島って名前のお菓子。これは美味しかったです。
明日はワークショップ。
楽しみです。
リヨン住みたいです。
(2010年3月17日 記)
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2010年3月19日更新(その1)
3月17日。その1。
リヨンのCitadines Lyon Presqu'ile(シタディーヌ・リヨン・プレスキル)hotelはキッチンがついていてかなりの快適さであります。
ホテルに日本で、能や歌舞伎、文楽の勉強をしているスイス人のブリジットが前回のパリに続いて、助っ人に駆けつけてくれました。
今回、裏方でズッと頑張ってきた麗さんが発熱でダウン。自分は熱で真っ赤な顔をしながら『今日も頑張る』と言っていましたが、みんなの説得で泣く泣くホテル待機です。
さて我々は11時にロビーに集合してENSATTへ。川向こうの旧市街地の小高い丘にあってこれまた広大な敷地の中にあります。わりと歴史が浅く1992年にリヨンに開校されました。
素晴らしい施設です。新しい校舎にホール、レクチャールーム。広々とした教室。本当に恵まれた環境です。
学校に着いて、すぐにlunch。校舎内のレクチャールームでケータリング…といっても、ちゃんとシェフがいて温かいものを出してくださいました。
2時から桜井さん、文字兵衛さん・五吉郎さん始めミュージシャンチーム、そして私とレクチャーをしました。
ここでも学生達の学ぶ姿勢に感心させられました。
とにかくこちらの学生さん…日本から来ている学生さんも…『確たる目標を持って、しっかりとそれに向かって進んで行く。』という気持ちが前面にあらわれていて、話をしていても気持ちが良いです。
私のレクチャーでは、歌舞伎の歴史を話したあとで、立候補したモデルの学生さんに福太郎・福緒が白塗りのお化粧をしてあげました。男の子は女形。女性には隈取りを。会場大ウケでした。
一日目のレクチャーは大成功でした。
(2010年3月17日 記)
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2010年3月18日更新(その6)
3月16日。その3。
それから学校側が主催して懇親会を開いてくださいました。
我々のチームも久しぶりに一同が会して、先生、学生さんと楽しい夕食会でありました。
学長先生もみえてくださって、Gerald先生とポール・クローデルについて話し合いました。『女と影』についてもたいへんに興味を持っていただけました。
(2010年3月16日 記)
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2010年3月18日更新(その5)
3月16日。その2。
リヨン到着。今回、通訳をしてくださる学生さんが学ぶ、リヨン第三大学で、日本語を教えていらっしゃる山口先生が出迎えてくださいました。
山口先生、ナイスキャラです。北海道・札幌出身で1982年にリヨンにいらっしゃって、日本語もちょっとあやしい時が…愛すべき先生です。
リヨンは本当に美しい街です。
パリよりのんびりしていて、ここなら住めます。住みたいな♪
ホテルにチェックインして、通訳の学生さんと明日のレクチャーについて打ち合わせしました。彼らは四年生で日本の大学に一年留学して、卒論に向けて頑張ってます。プロフェッサーになるためには7年勉強しなくてはならないそうです。
(2010年3月16日 記)
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2010年3月18日更新(その4)
3月16日。その1。
いよいよリヨン移動です。
12時にチェックアウト。
2時にバスで30分ほどにある、パリの南西にあるリヨン駅へ。
3時50分のTGVでリヨンに。
パリ・リヨン駅にこれからお世話になるENSATTのGerald教授が向かえに来てくださいました。
ENSATTはフランス国立芸術演劇技術高等学校で、俳優、ミュージシャン、デザイナー等々の専門学校です。
明日からワークショップをします。今からワクワクしています。
ヨーロッパの電車はギリギリにならないと、何番線に入るか分からないそうで、CAFEでお茶して時間潰しです。
5分前にD車線と分かり、乗車しました。
ヨーロッパのいわば新幹線。車内はとっても綺麗です。
車窓から見る風景は正に田園風景です。
嬉しいお知らせです。
猿之助兄さんにパリ公演に来ている由をメールしたら、兄さんからお返事をいただきました。
ご一緒に公演できたらどんなに幸せでしょう。
(2010年3月16日 記)
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2010年3月18日更新(その3)
3月15日。その2。
福本先生の奥様から電話をいただいて、ご自宅に伺うことに…お宅は少し郊外の静かなところにあって、アトリエも拝見しました。とにかく天井が高くてモダンなアトリエでした。
ご自宅で奥様、お手製のお料理をいただきました。イカとマグロのお刺身。ほうれん草のお浸し。鴨、ラムの塩焼き。温野菜。カブの漬物。…日本食万歳です。本当に美味しかったです。
8時半からのCRAZY HORSEのショーを見に行きました。みんな細い!!素敵でした。良く出来たショーでしたよ。
ふと見ると、一番前の席に兼大夫さんが!兼大夫さんは前日、LIDOをBOX席の一番前だったそうです。
お客様も女性同士の方もいたり、ショーを楽しむ感じでした。
パリ最後の夜を満喫いたしました。
(2010年3月15日 記)
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2010年3月18日更新(その2)
3月15日。その1。
朝10時から『Japon』の取材です。副島さんが通訳をして下さって、フランス人ジャーナリストのインタビューです。
事前に質問事項はいただいていましたが、とても内容の濃い取材でした。
ひと休みして、ご夫妻とshoppingにモンテーヌ通りへ出かけました。Dior、LOUIS VUITTON、HERMES等々、高級ブランド店が建ち並ぶリッチな通りです。
荷物が重いので、買い物は断念しました。
近くのL'AVENUEというお店でlunch。
お客様はもちろん、働いている女性がカッコいいです。
昼間から生牡蠣を食べてしまいました。
(2010年3月15日 記)
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2010年3月18日更新(その1)
3月14日。その2。
夜は、東京でもたいへんお世話になっていて、今回のツアーにもご尽力いただいているご夫妻がパリまで遊びに来てくださって、文字兵衛さん、五吉郎さんと食事会です。
CHARLOTという魚介類の美味しいお店です。
生牡蠣、蟹、ロブスター、手長海老、タニシみたいなの等々が乗ったフィルドメール。
ブイヤベース仕立てのスープ。
海産物が美味しいお店なのに私はRAM。子羊。皆さんはホタテのイカすみリゾット添え、モンゴイカの中に詰め物をしたもの、エイヒレのポトフなど、みんなで回し食べしました。どれも美味しい!
デザートは三色アイスクリーム、五吉郎さんはクレームブリュレ…これがまたグラタンサイズ。さすがに私はギブアップです。
こちらにきてストレスで痩せるはずだったのに、こんなに健康的にご飯食べていて、かなり心配です。
明日は節食することを誓って寝ます。
おやすみなさい♪
(2010年3月14日 記)
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2010年3月15日更新(その6)
3月14日。その1。
パリに来てからなんだか忙しいです。
今日は朝11時から20日に公演する日本文化会館で通訳してくださる武貞さんとレクチャーについての打ち合わせ。武貞さんはとても興味深く質問をして、20日に来てくださるお客様がどうすれば楽しんでくださるか?いろいろ提案してくださいました。
1時に今回のマネージメントをしてくれているカンバセーションの三宅さんと待ち合わせして、COMEDIEーFRANCAISEを拝見に行きました。ルイ14世が作った国立の劇団です。旧劇をやっていて、パリっ子ですら難しいと云われている芝居をフランス語の全く分からない私が観るのはかなり至難の業でありました。
終演後に、Guillaume Gallenne(ギョーム・ガリエンヌ)さんにお招きいただいてバックステージへ。つまり楽屋。
『おいおい!ここは貴族のお屋敷か?』って感じ。ルイ14世からの手紙はある。モリエールの絵がいたるところにある。調度品なんか素敵すぎ。信じられない豪華さであります。
ガリエンヌは大の親日家で歌舞伎座の楽屋へも来てくださって以来、親交を深めています。(ちなみにバルタバスさんも親日家で歌舞伎座に来てくれました。)
今回、『女と影』のDVDも観てくださって、いろいろアドバイスをしてくださいました。
彼はまだ40歳ぐらいですが、フランスで三本の指に入る名優です。LOUIS VUITTONのジャケット・コートをさりげなく羽織って、超カッコ良かったです。
(2010年3月14日 記)
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2010年3月15日更新(その5)
3月13日。その2。
福本先生との昼食を終えて、メトロに乗ってベルサイユへ。
やはりバルタバスさんが主宰する、馬術アカデミーのパフォーマンスを見ました。
ZINGAROの基礎とも云える馬術、フェンシング、ダンス、弓道、声楽のパフォーマンスをお行儀よく見せてくれました。
終演後に厩舎を案内していただきました。アカデミーの方たちはほとんどが近くの寮に住んでいて、毎日、馬と共に生活しているそうです。ちなみに馬具は全てHERMES提供でした。
(2010年3月13日 記)
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2010年3月15日更新(その4)
3月13日。その1。
今日も10時ロビーに集合して、パリ郊外にある音楽劇中心にやっている劇場にサデッションに行きました。
パリは世田谷区ぐらいの大きさで、ブローニュの森を過ぎると郊外と言うようです。
ロンドンから来ると、パリのタクシーは、車内狭いし、4人乗ると割り増し取るし、道はよくわからないし…。ただロンドンより渋滞が少ないのだけが取り柄かな?
ロンシャン競馬場の脇を通って到着。
プロデューサーがとても良心的に話を聞いてくださいました。『どうせパリでやるなら、パリ中心部でやったほうがいい』なんてアドバイスしてくださり、すぐにテアトロ・アテネのプロデューサーに連絡をしてくださいました。テアトロ・アテネは一昨年公演した劇場です。
サデッション終了してパリへ。ホテルへ戻ったら在仏で去年日本の三越で個展を開かれた画家の福本章先生がいらしてくださいました。
福本先生ご夫妻とは1985年に猿之助兄さんとパリ公演に来た時にお世話になって以来のお付き合いです。
久しぶりの再会で楽しい昼食をとりました。
(2010年3月13日 記)
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2010年3月15日更新(その3)
3月12日。その2。
約2時間半でパリ到着。
パリは30年ぶりの大寒波で、氷点下の日が続いているそうで、大変寒いです。
何年かぶりに雪が積もったそうで、世界中異常気象なんですね。
パリ北駅…(パリは国鉄の駅が6つもあるのです)…に着いてバスで宿泊先へ。
『パリだぁ!』
エッフェル塔にセーヌ川、なんだか嬉しい、本当に美しい街です。
一息つく間もなく20日に公演する日本文化開館へ劇場下見と打ち合わせに向かいます。ホテルから真っ直ぐ一本道で5分ぐらいのところにあります。
おかげさまで20日の公演は完売です。
大ホールを見て、文化センターの小堤さん・副島さん・小林さんとレクチャー、公演について打ち合わせしました。
一度、ホテルに戻って次はピーターブルックスが舞台監督をしているBeufe du Nord(ブッフッドノール劇場)に『女と影』『すみれ』のサデッションに向かいます。インド人街の真っ只中にある17世紀の素晴らしい建物です。劇場責任者に劇場内を案内していただいてビックリ!もう立派な歴史建造物です。ピーターブルックスが好んで、自分の芝居の拠点にしている意味が分かるような気がしました。舞台は平面で一段高くなっていません。客席脇まで舞台になる空間が広がっていて、コクーン歌舞伎『三人吉三』『盟三五大切』なんかやったらピッタリな感じです。勘三郎兄に報告します。
サデッションの感触も良好で、一同胸を撫で下ろしました。
夜はZINGARO(ジンガロ)を拝見に行きました。バルタバスさん主宰の馬を使ったパフォーマンスで、日本にも過去二回、HERMESがスポンサーになって木場公園で開催しています。
Bouffe du NordのあるSopni Darragi駅からメトロに乗って一つ乗り換えて、Fort d Aubervillers駅へ、駅の階段で地上に出るとすぐにそこにテント小屋が…入場料40EURO。約5千円。
BARテントで、営業責任者ジャンパルトネさんと歓談して8時半開場。ここでもお子さん連れの方がたくさんいらっしゃいます。こうやって小さいうちから観劇習慣をつけて、文化的なものに興味を持つ。日本でもぜひとも見習っていただきたいです。
ようやく開場して厩舎テントを抜けて中へ。中央に円錐状の客席があり回りを馬場とスクリーンが覆い包む感じです。今までのZINGAROは真ん中に馬場があって回りを客席が囲む形で、約2千人収容できたそうですが、今回はなるべく馬を表に出さない演出だそうで、観客も4分の1の500人収容だそうです。
私もZINGAROが日本に来た時、芝居の都合で拝見できなかったので初見でした。
日本のお経がオープニングで、正にファンタジーです。すんごいわ!
90分のパフォーマンスが、アッというまに過ぎてしまいました。
(2010年3月12日 記)
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2010年3月15日更新(その2)
3月12日。その1。
ホテルロビーに7時集合でバスでSTーPANCRASの駅へ、いよいよLondonともお別れです。
8時55分発のEUROSTARでLondon STーPANCRAS→PARIS NORDへ。つまりロンドンからパリへ。
ただいまEUROSTARの車内です。
車内は4人掛けの向かえ合わせで快適な電車旅行です。
(2010年3月12日 記)
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2010年3月15日更新(その1)
3月11日。その2。
ホテルに帰って少し休憩して、夜は『WIltons』という1742年開業のレストランに行きました。
…イギリスに来て始めてのきちんとしたdinnerです。
生牡蠣(公演中は控えているのですが、明日もOFFなので)、蟹、ドーバーソール本当に堪能いたしました。
(2010年3月11日 記)
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2010年3月12日更新(その3)
3月11日。その1。
父の82回目の誕生日です。
今日はこちらでお世話になっている方のおはからいでゴルフができることになりました。イギリスでゴルフをするのは初めてです。
ロンドン・ケンジントンから車で約30分。『Buckinghamshire Golf Club』に到着。クラブハウスが14世紀に建てられたもので、元は貴族のお屋敷であったのを維持費が払えなくなって、孤児院に。そのあと経営破綻して廃屋になっていたのを、日本のアサヒビールが権利を買って、回りのお庭をゴルフ場に作り替えたそうです。
電動カートはなく、自分でセルフでキャディーバックを引っ張ってプレーしました。イギリス人はキャディーバック背負ってプレーしていました。すごいパワーじゃ。
日本と違ってただただ平地なのでさほど苦痛にはなりませんでした。とにかく広いわ。OBなど全く無しで、上出来でした。
クラブハウスに戻ってトンカツカレーを食べてしまいました。アサヒビールさんがやっているだけあって、日本の味でした。
(2010年3月11日 記)
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2010年3月12日更新(その2)
3月10日。その3。
7時半から『Les Miserables』を見ました。
実は約20年前にロンドン公演に来た時も見たのです。その後、東京で10回以上見ている大好きなミュージカルです。
前日にticketを頼んだので二階席でした。私の回りに小学校3〜4年生の団体がいて『ワーワー』騒いでいました。内心『せっかく楽しみに来たのにイヤだなぁ』…だいたい終演が10時15分ぐらいになってしまうんですよ。小学生がそんな時間までいいの?って感じです。…ところがどうしてどうして、開幕するとシーンとなって、みんな前に乗り出して舞台に没頭して、笑うところは大喜び。ガブロシュが撃たれて死ぬところでは、奇声が。楽しい歌では手拍子が。ジャンバル・ジャンが亡くなるところでは涙をこぼして。
正直、こんな小さなうちからきちんと教育されていて、文化に興味を持ち、ある意味、一人の人として扱われている。その姿勢に感激しました。日本の若者諸君にももう少し自国の文化に興味を持っていただきたいと思いました。
ミュージカルは、とにかくレベルが高い。役者が皆、しっかり役をつかんで、その上、歌もばつぐんにうまいです。
小屋もそんなに大きくなく中村座のような臨場感がありました。
拝見してますますヤル気がわきました。
(2010年3月10日 記)
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2010年3月12日更新(その1)
3月10日。その2。
大英博物館では本当にいろいろなものに感銘を受けました。
昔の人にはなんであんなことができて、今はできなくなってしまったんだろう?なんて真剣に考えてしまいました。
大英博物館を後にして、昼食は久しぶりの和食。『菊』さんにうかがいました。menuを見て『わ〜日本じゃ!』。お鮨と天麩羅いただきました。
食事が済んでHarrodsへ。ロンドンの有名なdepartment storeです。ダイアナ妃が亡くなった時に付き合っていたドディ・アルファイドのお父さんが持っているdepartment storeです。
そこで児太郎に頼まれた、サッカーとラグビーのジャージを購入。…ラグビーのイングランド代表のジャージ、超カッコいいのです。
Harrodsの前の通りが渋滞していたので『ホテルまでブラブラ歩いていこう!』なんて思い付いたのが間違いで、耳はちぎれそうに寒いし、思っていたより全然遠くて…寒風吹き荒む中、30分近く歩いてしまいました。
(2010年3月10日 記)
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2010年3月11日更新(その4)
3月10日。その1。
OFFで〜す。
今日はまず大英博物館に行きました。
ロンドンの道はとにかく渋滞しています。ロンドンオリンピックに向けて方々の水道が古い為にそこここで工事しているし、一車線の狭い道を大きな二階建てバスが切り返ししながら右折するので、またまた大渋滞しています。
ホテルから博物館までそんなたいした距離はないのですが、タクシーで40分くらいかかりました。
さて大英博物館。本当に20年前に猿之助兄さんとロンドン公演に来た以来に訪れた以来です。
入場料は無料。…信じられますか?
当時、イギリスにどんなに力があったか思い知らされます。盗掘…といっては失礼ですが、ロゼッタ・ストーンを始めとして、エジプトのものがたくさんあります。どれもこれも素晴らしいもので、ただただ感激いたしました。
それと、学生さんが多い!それも小中学生。文化に対する考え方が日本よりだいぶ深いように感じました。
(2010年3月10日 記)
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2010年3月11日更新(その3)
3月9日。
今回、始めてのOFFです。
お世話になったウィンブルドンホテルを後にして、一同バスに乗ってロンドンへ。
あたりはイギリスらしいたたずまいです。
ロンドンは城下町なので、あまりまっすぐの道はありません。
一時間ほどかけて、ロンドン・ケンジントンホテルに到着。
ロンドンは都会だぁ!
一様にブラブラして、みつけました。タイ式マッサージ。一時間やってもらってスッキリ生き返りました。
夜は桜井久美さんが学生時代に下宿していた桜井さんの先生のお宅にうかがいました。
いろいろなもののコレクターで、アフリカ・ペルー・パプアニューギニア・インドネシア等のマスク。教会においてあったお人形。パプアニューギニアの本物の頭蓋骨に蜘蛛の巣などでペイントしたもの。
また17世紀に始めて出たファッション雑誌。これがまたいろいろ細かく書いてあります。挿し絵もとても美しかったです。
細かい細工を施した鼈甲のクシ。
すごいものばかりでした。
お宅で歓談した後にみんなでカレーを食べに行きました。そういうルートがイギリス式だそうです。
機械的なフロント、現代的な部屋…ちょっとウィンブルドンが懐かしいです。
(2010年3月9日 記)
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2010年3月11日更新(その2)
3月8日。その5。
なんかいろいろな意味でやり遂げた感じで閉幕しました。
終わったあとは日本の小劇場バージョンで衣装拵えのままでレセプションへ。
お客様の評判は上々で、皆さん喜んでくださいました。
特に校長先生はとても感銘してくださって、『9ヶ月前に話をしてくれたら必ずスケジュールに入れるから、来年も来て欲しい』とのお墨付きをいただきました。
その話を聞いて、さんざん骨をおってくださった、麗さんは感涙なさっておりました。
今まで一緒にやってきた仲間…と言っても…
コンスタンツィのクレア、マリアのシャーロットが19歳。サンドのエマが20歳。イタリア系で魅力的なアナが23歳。元気なはずです。
ちなみに男性チームは200キロのアレックスが一番年長で28歳。あとは語りのロジャーが27歳。あとはマッドとオーエンが20歳。
考えたら皆、児太郎のほうが年が近いのです。
みんな元気なはずだ。
ともわかれを告げてホテルへ。今日はご飯も食べずに寝られそうです。
(2010年3月8日 記)
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2010年3月11日更新(その1)
3月8日。その4。
ありがたい校長先生の激励のお言葉をいただいて、出演者・スタッフ一同、ますます指揮が高まり、二回目の公演に突入です。
二回目は一般のお客様に加えて音楽関係者、学校関係者、アーティストの方々で熱気ムンムンです。二回目はロンドンからのお客様が多くて、7時開演ギリギリにいらっしゃるお客様が多いとの事で、開場は5分前にしました。
二回目、テンションバリバリにいきました。
またまたカーテンコールではスタンディングオーべーションをいただいて、一同、ただただ感激するばかりでした。
わずか100人足らずの客席ですが、近いし、お客様の感動が間近に感じられてありがたい思いだけでありました。
(2010年3月8日 記)
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2010年3月10日更新(その3)
3月8日。その3。
なんとか一回目の公演が終わって、自分が横から見ていた感じと、通訳から今や演出助手になってくれた朋子さん…彼女はやはりイギリスの大学で演劇を学び、いろいろな分野の演劇を手掛けていて、今はカナダ人から見た『反核』の芝居を世界中で展開しているそうです…が客席から見てくれた感想、その他を分析してダメ出し。
しかし照明のタイミングぐらいで、かなり考えていた通り。
学内の楽屋に帰ってグッタリ…する間もなく二回目の公演に向けてメイクチェンジです。
『6時半にウィンブルドン芸術大学の校長先生がみんなにお話がある。』とのことでチョイあわててメイク完了。
今回、この機会も大学側の理解があったからこそ実現したことで、いろいろな意味で感謝です。
校長先生は『とても興味深く今回の催しを拝見します』とのお言葉でした。
(2010年3月8日 記)
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2010年3月10日更新(その2)
3月8日。その2。
舞台稽古には、日本テレビさん、YahooJAPANさん、そしてロンドンのテレビ、新聞記者が来て取材してくださいました。
1時間ちょっとのインターバルで、いよいよ4時から一回目の公演です。
一回目は学生、学生関係者向けの公演です。
(2010年3月8日 記)
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2010年3月10日更新(その1)
3月8日。
いよいよワークショップ公演本番当日です。
お客様がどんな反応を示してくださるか?どんな感想を持ってくださるのか?
不安と期待で朝からドキドキです。
まずは朝9時から、まだ見ぬ、照明のブルドックことデービット先生との対決です。当初10時スタート予定だったのが、さすがに1時間では、釣り込み、コンピューターインプットは無理と気づいたのか、時間を1時間繰り上げて照明仕込みにかかりました。デービットのリクエストで釣り込み中に『アクターが欲しい』ということで、9時に全員集合です。
早い早い。ブルドックはただ者ではなかった!イギリスでは照明技師の地位がとても高く、プライドが高い分、やることはやるんだ。
前に演出プランでお話しておいた通りの明かりを見事に2時間で飾り込んでくれました。
職人さんなので言葉がきついのですが、演出意図を詳しく説明したらちゃんと譲歩してくれて、素晴らしいものが出来上がりました。
11時から場当たりをして、いよいよ1時から本番通り舞台稽古。
自分の出番が終わると客席で見て、ダメ出しチェックです。
(2010年3月8日 記)
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2010年3月9日更新(その3)
3月7日。
毎朝、一軒家のようなウィンブルドンホテルの小さな小さなダイニングルームには温かなbreakfastが並びます。
卵料理にハム&ソーセージ。豆料理にtoast・coffee。それにしぼりたてのオレンジジュース。
なんのことはないbreakfastなのですが、いつもだと慌ただしいbreakfastをゆっくりのんびりと頂いて1日が始まります。
日本…東京とはまるでサイクルが違います。
今日も7時起床でゆっくりウォーミングアップをして8時breakfast。部屋へ戻って今日やるべきことを整理して、10時に一門チームでホテルのロビー…と言ってもただの玄関…に集合し、ハリーポッターに出てきそうな街並みを眺めつつ、徒歩で5分ほどのウィンブルドン芸術大学へ。
今日は、日曜日なので学生さんの姿はなく、ヒッソリとしています。
が、明日の本番に向けて現場になるホール内だけは異常な慌ただしさです。
大道具・小道具も最終段階に入り、私まで壁塗りに駆り出されます。衣装も追い込み、アクターはレッスンに余念がありません。
いよいよ衣装をつけての通し稽古です。私を含めてアクター諸君も早替わりの連続で、桜井久美さん率いるデザイナーチームも直しやら、早替わりについての説明やら、紐に馴染みのないアクター諸君へのアドバイスなどで、大わらわです。
文字兵衛さん・五吉郎さんチームもピアニストのホーリーと最終打ち合わせ。
万事整い、2時に通し稽古スタート。何度かのストップはありましたが、わりと順調に稽古終了。
最終ダメ出しをして、キュウの指示などスタッフへの最終点検も済み、『さぁ、あとは明日の本番だ!』
アレッ?…待てよ。なにか足りない???
そうです!
『照明』です。
演劇でかなりの比重を占める『照明』さんが来ていないのです。
なぜか『照明』だけは誰がなんと言おうと自我を通す、通称『ブルドック』という先生が、頑として『自分がやる』と言って譲らないそうで…ヤル気があるのかと思えば、この重要な時期にもかかわらず、土日と云うことで休んで来ないのです。
だからまだ稽古は一度も見ず、台本の順番が変わったのも知らず、演出をする私とも会っていないのであります。
で、本番当日の明日に照明釣り込み、コンピューターインプットを朝一時間でやる!という…出来たらそれこそ『神業』としか言い様がないことを『やれる!』と言い放っているのです。が、今は、その『神業』に頼るしかない演出チームは、居残りで明日、ブルドックと対決すべく、彼に話す照明プランを入念に打ち合わせて、あとは、ただ祈るのみであります。
そうと知っていたら、今日は日曜日だったのだから、お稽古していたchurchのミサでお願いしてくればよかったです。
あぁ、神様!
(2010年3月7日 記)
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2010年3月9日更新(その2)
3月6日。
今日は土曜日で大学が休校にもかかわらず、麗さんのご配慮でレクチャー室を借りて、朝からまずは衣装合わせ。
当日の現場…ウィンブルドン芸術大学ホールに道具の飾り付けもかなり出来上ってきたので、ダメ出ししながら、ピアニスト抜きでの稽古です。
…ピアノの調律が2時までかかるというのでピアニストは2時半到着なのです。
その間、出来るところを固めて、ディスカッションの嵐です。
やっと4時になって音楽打ち合わせが済んで、通し稽古。
自分でもビックリするほどの完成度!
常磐津・長唄でバレエ踊ってもらったり、ダンサー達の長唄早間の立ち回りプラス200キロぐらいあるダンサーのアレックスの附け打ち。ピアノで私とダンサーとのコラボレーション。
今回の主題『歌舞伎と西洋の共演』にピッタリの作品になりつつあります。
(2010年3月6日 記)
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2010年3月9日更新(その1)
3月5日。
大学近くのchurchを借りて、『すみれ』の演出プランの説明をしてきました。
何と言っても、今日初めて出演者・演奏者・スタッフが一同に介したのであります。
とにかく稽古日数が足りなくて、三味線演奏の内容を大学生ダンサーに口で説明していくのですから大変な作業です。
まずは午前中、照明プランについて舞台監督の八木さんと固め。
それから通訳でロンドン在住のトモコさんに演出プランについて説明・確認して、それから全員に説明するという手間のいる仕事です。
ダンサー達からも演技プランを聞き、自分の演技プランもお話しました。ダンサー達は昨日よりだいぶまとまってきたようです。
衣装デザイナーの学生さん、縫い子の学生さんも来て、ダンサーの衣装合わせを見ながら、邦楽の稽古状況を聞く傍ら、イギリス人ピアニストのホリーさんに進行手順をお話するという『聖徳太子』のような状況で、終了後の今でも『すみれ』が頭の中で回っています。
ホテルへ帰って演出ノートをまとめながら、これをアップしております。
まとまっていませんがお許しくださいませ。
(2010年3月5日 記)
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2010年3月5日更新(その4)
3月4日。
今日は午前中11時からウィンブルドン大学で昨日の公演を見てくれた学生に、歌舞伎のワークショップを二時間してきました。
最初の1時間は女形について、あとは福太郎、福緒が立ち回りを…もちろん学生達も参加しました。とても興味があるので、飲み込みが早くビックリしました。見得なんて様になってるんですよ。すごく熱心で楽しかったです。
ランチをはさんで、文字兵衛さん、五吉郎さんの三味線のワークショップ。常磐津のしっかりと歌い、セリフを言えるんですよ。これも二時間やりました。
そのあとワークショップ公演をする『スミレ』のダンサーとのセッションをしてきました。まだまだしたりない感じですが、時間制限が5時までなので、仕方なく終了です。
(2010年3月4日 記)
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2010年3月5日更新(その3)
3月3日。
日本は桃の節句だぁ。
今日は桜井久美さんのお嬢さん、麗さんの卒業したウィンブルドン芸術大学でのレクチャーと『梅文字美吉俳優』の実演です。
ここでは1週間ワークショップをして『すみれ』の実演をします。
11時半に集合して徒歩5分で大学です。
学生たちに事前に『すみれ』のDVDをお渡しして、デザイン・衣装・ダンサーがそれぞれにアイデアを出し合って準備してくれています。
まず、午前中、大道具のデザインとマスク、衣装のデザインの打ち合わせです。
それぞれおもしろい構想でワクワクします。
学食でランチを取って、2時からレクチャー開始。今回は学生さんから2人をピックアップして、福太郎、福緒がお化粧をしました。女性には隈取り、男性は女形。客席は芸大生ばかりで興味津々です。最後は浴衣を着てもらってポーズ。
そのあと桜井さん、文字兵衛さんのレクチャーです。
続いて、『梅文字美吉俳優』、終演後は扮装のまま質疑応答です。ここでも鋭い質問が飛び交いました。
本当に有意義な1日でした。
(2010年3月3日 記)
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2010年3月5日更新(その2)
3月2日。
今日はロンドン大学でのレクチャーと、『老松』(常磐津)と『道成寺』(長唄・常磐津掛け合い)を合わせた『梅文字美吉俳優』を踊ります。『道成寺』は金冠・言わず語らず・毬唄・三段笠・恋の手習…かなり本格的です。
1時半かけてバスでロンドンへ。3時に大学前のラッセルスクエア着。ロンドン大学の規模の多きさにただただ感激するばかりです。そこでロンドン大学のヒューズ先生やデービット教授に出迎えを受け、打ち合わせです。ただ現場のSOAS(大学内のアジア・アフリカ研究部のある劇場)が5時半まで使えず、あわただしく、レクチャーの準備と『梅文字美吉俳優』の舞台稽古です。
外は寒いのに、館内は大変暑いのです。道成寺をまともに踊った感じでヘトヘトになったところで、本番30分前!
まず私のレクチャーです。スライドも使い女形についてお話しました。皆さん熱心でいろいろな質問も飛び出しました。
次に桜井久美さんが衣装について、そのあと文字兵衛さんと五吉郎さんが三味線のレクチャーです。これも大変好評で幸先よしです。
で、いよいよ本番、踊り終えてカーテンコールではスタンディングオーべーションで拍手をいただき感謝、感謝です。
終演後、扮装のままレセプションへ行きました。写真撮影と質問責めでも楽しいひとときでした。
すべて終了したのが11時で、まだ時差ボケの上、移動の疲れ、緊張からの解放でドッと疲労が!
長い二日間でした。
(2010年3月2日 記)
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2010年3月5日更新(その1)
今日は3月1日です。
今日からロンドン・ウィンブルドン・リヨン・パリとワークショップ&公演の旅にでます。
22日までの長丁場なのでちょっと心配もあります。
主なメンバーは常磐津文字兵衛さん・兼大夫さん、長唄の杵屋五吉郎さん・東音福田眞規さん・デザイナーの桜井久美さんです。
では行ってまいります。
ー ー ー ー ー ー ー ー ー
成田空港を飛び立ち、12時間後ロンドン・ヒースロー空港に到着、3月1日15時45分です。
税関を通るにあたりほとんどのメンバーはクリアーしたのですが、福緒と長唄の五佐吉次くんが降りてこないので、税関まで戻ってみると、二人が真っ青な顔して立ってました。二人とも英語が分からないうえに、なんか追求されて『ミュージシャン』と答えてしまって、止められてしまったのです。結局2時間も止められてしまったのです。
それからバスでウィンブルドンまで1時間弱、ただの一軒家のような小さなホテルに到着しました。
(2010年3月1日 記)
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2010年2月23日
8月納涼歌舞伎から6ヶ月連続で楽屋を出るのが9時すぎで、夜ご飯には気をつけていたのですが、なかなか痩せなくて悩んでおりました。今月、久しぶりに7時前に外へ出られて、ダイエット!と堅く心に誓っていたのですが、いろいろなところへ美味しいもの食べに行って、ちっとも痩せずにまたまた凹んでおります。
そのかわり、今月もいろいろなお芝居を見ることができました。
シアターコクーンの『血は立ったまま眠っている』寺山修司さん作、蜷川幸雄先生演出。私、すごく若い時に拝見した作品で、改めて寺山先生の世界に浸りました。
戸田恵子さんの一人芝居『なにわバタフライN.V』三谷幸喜先生作。…とにかくうまいわ。たいへんそうだけど、一人芝居やりたくなりました。
三谷先生のミュージカル『TALK LIKE SINGING』香取慎吾くん他4人であんな素晴らしいものができるなんてビックリ! 香取慎吾くんの体格がいいのにもビックリ! 共演者もみんな素晴らしかった。
紀伊国屋ホール『エレガンス』今、注目しているシスカンパニー。渡辺えりさん全開!木野花さん素敵!
亀鶴くんの『かげぜん』。前に楽屋のお手伝いをしていてくれた、扉座の伴美奈子さんが素敵でした。
あとは23日初日に『上海バンスキング』を拝見にいきます。
(2010年2月22日 記)
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2010年2月22日
如月も半ばを過ぎてしまい、更新がたいへん遅くなってすいません。
今月はご承知の通り17代目の中村屋のおじさまの23回忌追善興行で、勘三郎おじさまの当たり役を中心にした公演で、初日以来たくさんのお客様が詰めかけてくださり、親戚といたしまして感謝でいっぱいです。
今月の『壺坂霊験記』は本当に久しぶりで、歌舞伎座では父と吉右衛門兄さんの配役で、児太郎が初御目見えで観音様で出していただいて以来、10年ぶりです。
お里沢市も、先代中村屋と歌右衛門おじが勤めており、私も当代勘三郎兄と勤めてきた狂言です。
『壺坂霊験記』を初役でつとめたのは浅草公会堂で、『車引』の桜丸から20分休憩でお里に代わっていました。
そのときの沢市は当代勘三郎兄さんで、稽古は当時歌舞伎座に出演していた歌右衛門おじに見てもらうために、歌舞伎座の稽古場まで遠征した思い出があります。
その後大阪中座で、また壺阪寺でも勤めさせていただきました。
お里は本当にやりがいのあるお役で大好きです。
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2010年1月7日その2
七草も過ぎ、ようやく正月気分も抜けて通常の生活に戻られつつあるのではないでしょうか?
なかなか景気が回復せず、なんとなく銀座付近も活気がないように感じるのは、私だけでしょうか?
そんな中、おかげさまで東京四座それに大阪でも歌舞伎を開演でき、それぞれたくさんのお客様が足を運んでくださって、歌舞伎役者としてこのように嬉しいことはありません。
浅草公会堂は暮れに稽古を拝見に参りましたが、一致団結して若さ溢れる公演です。
私は七之助・勘太郎コンビの「将門」と勘太郎の「袖萩」を見てまいりました。
「将門」は歌右衛門のおじが当たり役にしておりまして、私もおじに手とり足とりたくさん叱られながら教えていただいた作品で、思い入れ深い狂言です。
仕方ないのですが、当然、七之助はおじの滝夜叉姫は見ておりません。…というより「将門」という狂言自体、生で見たことがないそうで、その雰囲気を伝えることがたいへんでした。
滝夜叉姫はガマの妖術使いなのですが、これを舞踊化して世に出した先々代国太郎さんが、クモの妖術使いと勘違いなさって裾のところにクモの巣を型どり衣装を誂えたのですが、それがあの古い御所の背景とよくあっていて、大評判になったそうです。六代目梅幸おじさまも歌右衛門おじもそれを承知で、国太郎さんに敬意を払って、クモの巣を型どった衣装で勤めていらっしゃいました。
なんて素敵な狂言なんでしょう。断然、やりたくなってしまいました。
七之助も伸びやかに今を盛りの美しさで素敵だと思います。勘太郎の光圀がカッコよかったです。
「奥州安達ヶ原三段目」。お芝居らしいお芝居で、これまた大好きです。曾祖父五代目歌右衛門、初代吉右衛門おじさま、先代勘三郎おじさま、当代吉右衛門兄さん等は二つ玉と申して、袖萩と貞任の二役を早替わりで勤めていらっしゃいました。今回も勘太郎が二役勤めております。万事、吉右衛門兄さんから事細かく教えていただいて、播磨屋中村屋に伝わる家の芸を寸分狂いなく勤めているのに好感をもちました。
私も、吉右衛門兄さんの貞任で袖萩を勤めましたが、これまた大好きなお役で、すっかりやりたくなってしまいました。役者ってイヤね。
愛之助くんの綱豊卿も、顔見世からお帰りになった仁左衛門兄さんがものすごく厳しく指導なさっていて、それに1つ1つ前向きに応える愛之助くんのガッツが好きでした。
あのようにたくさん怒られてうまくなるんだなぁ…なんてうらやましくほほえましく稽古を拝見しておりました。
新橋演舞場では「伊達の十役」を海老蔵くんが猿之助兄さんの指導の元に大車輪で勤めています。
猿之助兄さんの作り上げた大事な作品を、家の芸として受け継ぐ海老蔵くんの真摯な態度もカッコいいです。
国立劇場も菊五郎兄さんが宙乗りまで勤めるスペクタクルだそうで、拝見に行きたいと思っております。
さて歌舞伎座は雀右衛門おじさまの休演が残念ですが、82歳の父が「車引」の桜丸を初役で勤めています。富十郎兄さん、高麗屋兄さん、播磨屋兄さん…今までの「車引」で最高の平均年齢ではないでしょうか?皆さんお顔が立派で幕切れの引っ張りの見得などは錦絵のようです。成田屋の「勧進帳」、中村屋の「娘道成寺」とともに必見です。
もちろん「娘七種」「春の寿」「与話情」は大必見です。
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2010年1月7日その1
皆様、新年明けましておめでとうございます。
本年も相変わりませず皆様の応援、どうぞよろしくお願いいたします。
いよいよ歌舞伎座改築まで四ヶ月となってしまいました。現歌舞伎座にはあまりにもたくさんの思い出があって、ただただ寂しい次第であります。
お正月公演は世間の不景気と逆行し歌舞伎座チケットの値上がりはどういう所存なのか?我々、役者も理解に苦しんでおります。今までの感謝還元で値下げして、何度も足を運んでいただいたほうがありがたいように思います。
四月公演以降歌舞伎座が建て替わる三年間が、歌舞伎にとって大きな正念場と考えています。その時期こそ、スタッフ・役者がよく話し合って、お客様が望んでいらっしゃる作品・公演内容を吟味して、歌舞伎座というブランドに頼らず、たくさんのお客様に楽しんでいただく公演をご提供していきたいと考えています。
ぜひ、皆様のご要望、ご意見のほど聞かせてください。
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2010年1月2日その2
今年もあと一日になってしまいました。
一年過ぎるのが早く感じるのは私だけでしょうか?
皆様の暖かい御声援・応援のおかげさまで、この一年も無事に乗り切ることができました。心から御礼申し上げます。
今年は嬉しい団十郎兄さんの復帰公演の国立劇場を口切りに、本当に様々な役を勤めて、いろいろ新しい発見、出会いがありました。
今年は、舞踊公演も入れて34役も勤めてました。
来年もまたまた頑張りますので、応援のほどよろしくお願いいたします。
では皆様よいお年を。
(2009年12月31日 記)
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2010年1月2日その1
押し詰まりましてなにかと忙しい年の暮、皆様いかがお過ごしでしょうか?
私もやっと本日仕事おさめでございます。
12月公演の千秋楽翌日からバタバタと正月公演の稽古が続き、今日「切られ与三」の本番通りの舞台稽古で今年の歌舞伎座での仕事は終わりであります。
この「切られ与三」。これまではずっと先輩の与三郎でお富を勤めてまいりましたが、今回は年下の染五郎さんがお相手でまた違った発見があるのでは…と楽しみです。
染五郎さんとは私が19歳、彼が7歳の時に先代中村屋のおじさまの「水天宮利生深川」で極貧の姉妹を児太郎・金太郎で勤めたのが初共演です。30年たった今、お富与三郎を勤めるとは「お釈迦さ〜でも気が付くめえ」です。
お富は児太郎時代に国立劇場で初演した時に、まさに手取り足取り歌右衛門のおじに教わった宝物です。
世話物でこんなに細かく教わったのはお富だけだと思います。
六代目梅幸おじさま、十二代目仁左衛門おじさまの型、また自分なりの工夫を事細かに教えてくださいました。
幸いに、十一代目団十郎おじさまの与三郎、十七代目勘三郎おじさまの安、猿翁おじさまの多左衛門、そしておじのお富のビデオが残っておりましたのでそれを拝見していろいろ研究いたしました。
お富のお話はまた次回にでもいたします。
さて、新春大歌舞伎ですが、当歌舞伎座ではいよいよ最後のお正月。そして、ついに最後の年を迎えてしまいました。
当代団十郎兄さんの「勧進帳」。稽古初日から鬼気迫る闘志!一期の思いを込めて勤める弁慶で、正に
「そこに弁慶がいる」
ように見えました。
お家の芸を…いえ歌舞伎の伝統を守る、という決意がヒシヒシと伝わり、総ざらいで扮装をしていない兄さんの弁慶が六法を踏んで入るまで、見ていた私はあまりの迫力に暫し体が震えて動く事がままならぬほど圧倒されて感激いたしました。
昨日の舞台稽古でも兄さんの大きさ、オーラを感じました。
ご大病を乗り越えられた兄さんだからこそ勤められる弁慶で、皆様も是非ともご覧いただきたいです。
対する勘三郎兄さんの義経。映画で見た六代目菊五郎おじさまが抜けて出てこられたような素晴らしいもので、音羽屋型の本物の義経です。
梅玉兄さんも役者同士で対応して素敵でした。
「車引」は父が80歳を過ぎて初役で挑む桜丸。
「車引」は本当に体力的に大変なお役です。
元来女形と立ち役さんでは使う筋肉が違うようで、私などは男役をやりますといつもと違うところに負担がかかったり痛みが出たりいたします。
ですから、鬘は重い・扮装は大変・帯は高い・などの女形に対し、よほどの荒事でない限り、鬘は軽く、扮装は楽で、帯は低い立ち役。絶対に女形のほうが大変だと思います。
「髪結新三」の忠七、「法界坊」の松若など部屋着で出ているような感覚ですから…。
「寿曽我対面」などは
ズッと傾城を勤めておりましたが、十郎に回りましたら、「え〜!!」でした。傾城は前日から節制して、当日も万全を期して勤めないと、失神しそうになりますが、十郎はただただ気持ちよいだけであります。
と、知りつつ女形を続ける私は「M」なのでありましょうか?
話しが大きく逸れてしまいましたが「車引」。
以前、私が勤めさせていただいた時、梅幸おじさまに詳しく教えていただいたのを、父に話しまして。
父も昔に拝見した、十五代目羽左衛門おじさんの桜丸の面影を頼りに、父なりの桜丸を完成させています。
富十郎兄さん、幸四郎兄さん、吉右衛門兄さん、四人並んだ幕切れの引っ張りの見得などは、錦絵のようです。
そんなにスピード出して走れないのは年齢的なものとお許しいただいて、古風な味を楽しんでいただきたいです。
「春の寿」。雀右衛門おじさんの復帰の舞台で、日頃、本当に良く教えてくださるおじさんのお祝い狂言に出していただけると云うので楽しみにしていたのですが、前半は休演なさることが決まり本当に残念です。一日も早いご復帰をただただ祈るばかりです。
それでは今年の仕事納め行ってまいります。
(2009年12月30日 記)
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