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福助気ままに語る2008年12月4日その3(2008年9月〜10月まで)

 九月は久しぶりに玉三郎兄さんとご一緒で、やはり歌右衛門叔父が復活なさった近松作品「日本振袖始」を玉三郎兄さんが新しく演出されて、岩長姫実は八岐大蛇をお勤めになり、私がいけにえの稲田姫を勤めました。玉三郎兄さんとご一緒させていただくと本当に勉強することが多く、女形についてディスカッションできる素敵な先輩です。
 夜の部は、秀山祭の主催者・吉右衛門兄さんの盛綱で篝火を勤めさせていただきました。私自身、あの篝火のこしらえが大好きです。黒に柿色にオレンジ。素晴らしいと思いませんか?

 父と玉三郎兄さん。先輩の素敵な女形さんとご一緒でちょっとドキドキでした。

 小四郎は、橋之助の三男の宣生。小学校一年生にはかなり荷が重い大役でしたが、彼なりに必死で勤めていました。楽屋が一緒だったので、一幕終わってヘトヘトで帰ってくる姿がかわいかったです。隣の楽屋に玉太郎さんがいて、年も一つ違いということもあって、なんとなくライバル意識があって、「小さいながらも役者なんだ」なんて微笑んでしまいました。

 千秋楽の翌日に朝丘雪路姉さんの深水流舞踊会があって、久しぶりにご一緒に踊らせていただきました。相変わらずお綺麗で、素敵でしたわ。

 十月は朝から晩まで1日楽屋生活でした。
 序幕が「重の井」。成駒屋にとっても重い狂言です。今まで三度勤めさせていただきましたが、今回はもう一度練り直して、今の自分に一番あったやり方を模索して挑戦しました。三吉は、八月にすっかり意気投合した小吉さん。調姫は亀蔵さんのご長女の葵さん。葵さんは小学三年生の超利発なお嬢さんです。学校では聖歌隊に入っていて舞台度胸も満点です。お父様・亀蔵さんもお嬢さんの初舞台がよっぽど気になるのか、自分の出演していない中村座Cプロの時には毎回、駆け付けていました。

 次が「本朝廿四孝」。玉三郎兄さんの八重垣姫、菊之助さんの勝頼で、濡衣を勤めました。以前、名古屋・御園座では、私の八重垣姫に玉三郎兄さんが濡衣に出てくださいました。今回は文楽の演出も取り入れ、いろいろディスカッションを重ねながら勉強させていただきました。

 最後に「英執着獅子」。これは30歳代最後の舞台で勤めさせていただきました。その時は姫姿で御覧いただきましたが、今回は傾城姿で踊りました。
 舞踊の場合は毎回、自分に課題をかして踊りますが、今は軸足をぶれないようにと、いかに足を内輪にして、体重・重心が外側に移動してしまわないように、それでバランスの良い形になるように追求しています。
 女形の場合、獅子毛を振らないというのがいかにも本流のように云われておりますが、せっかく獅子毛をかぶっているのですから、お客様にも楽しんでいただくためにも、私は思う存分に振るようにしています。振ってはいけないのなら「枕獅子」のように結い上げたカツラの上に獅子毛を被るようにしたら良いと思います。
 京屋のおじさまが昭和57年にNHKで踊ったビデオを拝見しましたら、やはりたくさん振っていらっしゃって。それを力に今回も千秋楽には父の年…80回振りました。

九代目中村福助

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福助気ままに語る 2008年12月4日その2(2008年7月〜8月まで)

 七月は半分休演で、前半に家族でハワイ旅行に行ってまいりました。最初は、ハワイ島のフォーシーズン・ホテルに宿泊しました。そこのビーチでは海亀と一緒に泳げるんですよ。感激して泣けました。そのあとオアフ島に帰ってきたら、あまりに日本でガッカリしてしまいました。ただ八月の台本をいただいていて、それも四役、山盛りセリフがあって…。あまり泳がず、海を見ながらひたすらセリフを覚えておりました。とほほ。

 ハワイで心身共にリフレッシュしたのも束の間、京都入りして、時差ボケも回復する間もなく、その日に「比叡山歌舞伎」の稽古に突入しました。

 「比叡山歌舞伎」もすごく楽しみにしていた公演でした。これまで、壺坂寺、道成寺、宮島、泉涌寺、そして高野山などで踊らせていただきましたが、やはりどこも神霊的で、神様・仏様に守られて勤めているような気がして、全く霊感のない私でさえ、踊っていて鳥肌がたってしまう感覚です。

 今回は、歌右衛門叔父と先々代藤間勘十郎師が復活なさり歌右衛門叔父がこよなく愛した「舞妓の花宴(男舞)」を奉納させていただきました。仮設舞台でありながら、勤める前から不思議な雰囲気で、舞台で舞っていると、すぐ近くに神仏的なものを感じ、ただただ感激いたしました。

 吉右衛門兄さんの勤める「藤戸」に、芝雀兄さんと翫雀さんの御子息の壱太郎さんと合い狂言を勤めました。まさか平成生まれの壱太郎さんとこんな早い時期に同じ境遇の芝居を勤めるとは…かなりショックでした。
 壱太郎さんは高校3年生で、高飛び込みをやっているそうです。ご両親のお仕込みで、ハキハキした明るい青年です。また一人、未来の歌舞伎を背負ってくれるスターをみつけました。ただチャリンコ小僧で、渋谷区の自宅から吉祥寺、遠い時には水戸まで映画を見に行くそうです。若いんだねぇ。ただ交通事故にはくれぐれも気を付けてください。

 さて、「比叡山歌舞伎」もめでたく打ち出し、休む間もなく、八月公演「野田版・愛陀姫」の稽古に突入です。稽古は22日から墨田パークスタジオで始まっていて、少し遅れての参加です。オペラの「アイーダ」は、以前、東京ドームで拝見しました。本物の象が出演したのが印象的でした。
 今回は原作にはない祈祷師の役で、第一槁ではエハラとホソキだったのですが「あまりにベタすぎる」との指摘を受け、エバラとホソケに改名されました。オペラの輪唱の部分など訳詞そのままをセリフにもってくるあたり、野田秀樹さんの才能を感じます。
 墨田パークスタジオ、道具を実寸大でできるのはありがたいかぎりですが、ただ工場を改築しただけの稽古場なので、暑いうえに乾燥しているので、汗をふきふき、うがいして、と云う感じです。中でも一番の大敵は豪雨で、屋根がトタンなので、雨音で全く声が聞こえなくなってしまいます。それでも野田さんの稽古はいつもハードで、でもその中からいろいろな発見があって、新しい作品が徐々に形をなしていきます。ある意味、楽しい時間です。
 ちなみに歌舞伎座、新橋演舞場なんて、ロビーと地下食堂にゴザひいて稽古するんですよ。信じられます?

 「愛陀姫」から遅れること三日で、「つばくろは帰る」の稽古も始まりました。川口松太郎先生の作品で、素敵なほろ苦い作品です。三津五郎兄さんもノリノリで、息子役に故坂東吉弥兄さんのお孫さんの小吉さんが出演しました。生前、吉弥兄さんには公私ともにお世話になり、いつも優しい善き理解者でしたので、ご恩返しの思いもあり、人一倍、小吉さんがいとおしくおもわれました。
 それから「女暫」「大江山」など始まり、いよいよ納涼歌舞伎突入です。

 「女暫」は曾祖父五代目歌右衛門が九代目団十郎さまから女でやることを許された、覚書が今も残っています。「女暫」はあんなに体力と声量が必要なのかとビックリしました。

 さて新作の「愛陀姫」ですが、祈祷師ということで、デザイナーのひびのこづえさんとも度々打ち合わせして、あんなこしらえになりました。カツラは中島美嘉さんが前髪を三角にカットしていらっしゃったのを、いただきました。上に被るヅラは北京オリンピックのメインスタジアム、通称「鳥の巣」のイメージです。メークは皆さんお分かりのように、大好きな鳥居みゆきさんからいただきました。インチキ祈祷師が一国を動かすまでになる…人間の怖さを感じました。

 「つばくろは帰る」も皆さんから励ましのお便りをたくさんいただいて、心強かったです。

 納涼歌舞伎は本当に楽しいです、たいへんだけど。ただ、初日が遅いので当然、千秋楽も遅くなるのです。すると九月公演の稽古がギリギリになってしまいます。

九代目中村福助

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福助気ままに語る2008年12月4日その1(2008年3月〜6月まで)

 皆様、お元気に御過ごしでしょうか?「気ままに語る」の更新も、3月初め以来途絶えてしまい、たいへんにご無沙汰して申し訳ありません。
 早いもので、今年ももう1カ月弱を残すのみとなりました。そこで、今年の総括を徐々に更新していこうと思っております。

 弥生(三月)は、松嶋屋・仁左衛門兄さんのお相手で「吉田屋」の扇屋・夕霧を勤めさせていただきました。この狂言では、十三代仁左衛門おじさまの伊左衛門、父の夕霧の時、太鼓持を勤めさせていただきました。そのおり、常磐津一巴大夫師匠が初めて上京なさって語られたそうです。この度、その時の倅同士で勤めさせていただいたのですが、相変わらず一巴師匠はお元気で、変わらぬ美声で盛りたててくださいました。松嶋屋の兄さんの伊左衛門はお傍で拝見させていただいても、惚れ惚れする美しさと、抱き締めて差し上げたいほどのヤンチャ若旦那で、ご一緒させていただいても「楽しい」の一言でした。夕霧は充分、堪能いたしました。

 四月は久しぶりの休演でしたが、望月朴清先生の追善で、フランス・パリのテアトル・アテネ、浜離宮の朝日ホールでショパンの生涯を描いた「すみれ」を上演いたしました。
 これは当初、朴清先生がパリで会を開かれて、先生の鼓で「鷺娘」を踊るはずでした。しかし、昨秋朴清先生が急逝され、パリ公演も頓挫するところを、未亡人から「是非、追善の会を」と強いお薦めをいただき参加させて頂きました。演奏は、以前ショパンコンクールで優秀な成績をあげたフィリップ・ジュジアーノさんをはじめ常磐津文字兵衛さん、杵屋五吉郎さん。衣装は「ヤマトタケル」も手がけていらっしゃる桜井久美さん、そして朝日新聞社の後援をいただいて実現いたしました。
 ショパンの生涯を四季に分けて舞踊劇にいたしました。おかげさまでパリ、朝日ホールもスタンディング・オーベーションも頂戴して、涙が出ました。

 是非また、フランス、イタリアなどで再演いたしたく、日程が決りましたら、ツアー組んで皆さんも応援に来てくださいませ。

 四月後半は、五月に「四谷怪談」のお話をいただいていたので、伊豆高原にあるサナトリウム…断食してまいりました。まぁ、断食と云っても朝、昼、晩、人参林檎ジュースを3杯づつ4日間飲んで、胃に負担の掛からぬように、重湯→お粥→通常のご飯になるまで約10日。1日目、2日目がお腹減りましたが、人間慣れるもので、3、4日目は空腹でゴルフまでできました。減量と云うよりデトックスが出る!と云う感じでした。
 そのサナトリウムの持論は「体を暖める」で、喉が渇いたら、ぬるい生姜紅茶!甘みが欲しければ、黒砂糖がいいそうです。ちなみに10日間で4kg落ちました。

 楽しみにしておりました、五月演舞場公演。大好きな「藤娘」とかねがね勤めたかった「四谷怪談」。お岩様は歌右衛門叔父が勤めていらっしゃったのを、毎日見ておりました。
 勤めてみて、信じていた男性に残酷に裏切られるのは、身を切られるように辛くて、恩に思っていたお隣さんに騙されたのには無念で苦しかったです。

 伊藤宅からいただいたお薬を飲み、顔が腫れて鏡を見るところは本当につらかったです。

 「藤娘」は、東京で本公演で勤めるのは初めてでした。

 六月は、久しぶりに高麗屋・幸四郎兄さんと組ませていただいた「生きている小平次」が楽しかったです。大正期に書かれた作品を、幸四郎兄さんが平成の息吹を吹き込み、人の弱さ、怖さに焦点を当てた作品になりました。皆さんはいかがでしたでしょうか?ご意見を聞かせてくださいませ。

 「新薄雪物語」では籬(まがき)。この作品に最初に出演させていただいたのは、二幕目の「詮議」の幕開きの茶坊主でした。二回目に薄雪姫をさせていただき、今回は少しお姉さまに。この薄雪姫、タイトルになっていますが、本当に辛抱役で辛いお役です。今回、芝雀兄さんは夜の部で「すしや」のお里…これも、さわりをしたあとひたすら辛抱です…も勤めていらっしゃって、あまり弱音を吐かない兄さんも、さすがにダウンなさっていました。籬は朝11時から喋りっぱなしで、一人合点している気のいいお役でした。
 「俄獅子」は洒脱で楽しい踊りで、染五郎さんと踊るのも久しぶりだったので、楽しかったです。

九代目中村福助

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福助気ままに語る(2008年3月3日その2)

 すっかり暖かくなりました。春らしくて嬉しい半面、またまた花粉に苦しんでおります。今年は例年の2・3倍ということで朝からクシャミ連発。目は腫れてるし、顔もなんとなく丸い。鼻水はたれるし、なによりダルい日々であります。

 今月30日に、昨秋急逝なさった望月朴清師匠の未亡人である美恵さん主催で、フランス・パリ公演(於:アテネ劇場)があります。一日のことでありますが、ピアノと邦楽のコラボレーションで『スミレ』と題をつけて、ショパンの人生を舞踊劇でご覧にいれるつもりです。
 ピアノ、ショパンコンクールで名をはせたフィリップ・ジュジアーノさん。邦楽は、常盤津文字兵衛さん、杵屋五吉郎さんの三味線。常盤津兼大夫さんの語り・唄。そして、昨秋に急逝なさった望月朴清師匠の鼓です。

 衣装・デザインは、『ヤマトタケル』でお馴染の桜井久美さん、お嬢様のウララさん、プロデューサーはショパン協会の東さん、朝日新聞の川口優香里さん、ポスターデザインがカメラマンの小池さん、振付が中村光江、振付のアドバイザーとして、クラシックバレエの増田みさき先生にご協力頂きました。
 出演は、児太郎・福太郎・福緒。ゲストに花柳貴彦さん…そして私。

 構成・音楽もほとんど出来上がり、稽古中であります。
 今回の公演の構成は、一部に朴清師匠のお弟子さん方が美恵さんの鼓の演奏が華やかに舞台を飾り、二部で『スミレ』と云うことにしました。
 スミレはショパンがもっとも愛した花であり、また朴清師匠の鼓のしらべがスミレ色であったことから、お二人の追善、鎮魂の意味を含めてこの題に決めました。

 ショパンの人生は、調べれば調べるほどドラマチックで素敵なものです。ショパンの人生での大きな変化を四季に分けて、お馴染のポロネーズ・マズルカ・ワルツ、そしてエチュードをファリップの演奏で。
 また、文字兵衛師の独自の音楽世界で、邦楽がピアノと融合するおもしろさを味わっていただきたいです。また、常盤津と長唄の違いも感じていただきたいです。

 衣装も素晴らしい!桜井先生のもっとも得意となさっている和と洋の絶妙のバランス。そして、ウララさんの道具装置もカッコイイ!

 今回は準備期間が短かったにも関わらず、スタッフ皆様のご尽力で順調に進み、必ず楽しい舞台になること間違いなしです。
 開催するテアトルアテネはバロック調の素晴らしい劇場で、今からワクワクしております。

 『今からでもパリに行く!』と云う方は、ぜひ!裏梅会までお尋ねくださいませ。
 『でもパリまでは…』と云う方は、4月5日に浜離宮朝日ホールで凱旋公演を行います。当初は一回公演の予定でしたが、皆様のおかげで即日完売してしまい、追加公演(午後6時開演)が決定致しました。
 ブログを読まれたらすぐにお申し込みを!ご来場をお待ちしております。

九代目中村福助

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福助気ままに語る(2008年3月3日その1)

 皆様お元気でいらっしゃいますか?
 おかげさまで、2月公演『関の扉』も無事に勤めることができました。
大好きだった白鸚のおじさまの追善興行で、私自身の人生観を変えたとも言える『関の扉』を、ご子息の吉右衛門兄さんとお孫さんの染五郎さんと共に勤めさせていただけたことは、感謝してもしきれないほどの喜びで、毎日、今、自分のできる最高の力を出せるように心掛けて勤めさせていただきました。
 今回、小町姫・墨染と上下の巻を一度に勤めさせていただくのも初めてでした。
 『関の扉』は、ただ踊るのではなく、芝居をしながら、お相手を気にしながら、役の本質、心根をお伝えしなくてはならない大曲で、体力的にはもちろん精神的にもこんなにハードなのかと、毎日、死にもの狂いで勤めていました。
 予想以上に大変だったのが、上の巻・小町姫で、出の花道は踊り込みながら姫の品格を損なわないよう、関兵衛との問答なんぞは愛嬌を、宗貞さまとの恋話では色気を存分に、引っ込みは可憐さを失わないようにしながら雪をかきわけ走り行く強さを。毎日、課題山積で悩み抜きました。
 もちろん、下の巻・墨染も苦労しましたが、播磨屋兄さんにリードしていただいて楽しく努められました。
 墨染は、桜から出てきた時は怪しさの中に気高さを忘れず、廓噺では楽しく色っぽく、恨み事では悲しく、みあらわしでは強さの中に精霊の清潔さを出せるように心掛けておりました。
 幸い、たくさんのお客様が応援してくださって、知らず知らずに頑張ることができました。ありがとうございました。

 また父が途中体調を崩して休演し、『熊谷陣屋』の相模の代役も一週間やらせていただきました。半年前に勤めましたが、突然の代役…墨染が済んで、松金よね子さんのお芝居を拝見に出ようとしたところへ一報がはいりました…当日は、心臓が口から飛びだしそうでありました。しかし幸四郎兄さんにカバーしていただいて、どうにか幕が降りてホッと一安心でした。

 今月弥生公演は、仁左衛門兄さんの伊左衛門の『吉田屋』で、夕霧を勤めます。西の傾城で、かねてから勤めたかった役です。
 『関の扉』も勤めてくださった常盤津一巴大夫師匠が、『吉田屋』も勤めてくださいます。師匠は、父の二つ下の78歳!ますます美声が冴えわたっています。師匠が東京に初めていらっしゃって語られたのが、13代目仁左衛門おじさま(当代のお父様)と父の『吉田屋』だったそうです。その時、私は太鼓持でした!
 今回は、先代梅玉おじさまの型で、懐紙で顔を隠して出てくる型で勤めます。東と違う関西の香りが出るように勤めたいです。
 応援よろしくお願い致します。

九代目中村福助

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福助気ままに語る(2008年2月14日)

 皆様いかがおすごしですか?
 皆様のおかげさまで、お正月公演の揚巻と常盤御前もどうにか勤めあげ、ホッとする間もなく、如月公演で大好きな『関の扉』で小野小町姫と墨染の二役に挑戦中です。

 この『関の扉』は、自分が学業との二足の草鞋を断念し、歌舞伎の世界に飛び込み不安一杯だった時に拝見した舞台で、歌舞伎の醍醐味を感じ、歌舞伎にドップリと浸るようになった…言わば自分の人生を変えてくれた狂言です。
 その時の配役は、今回27回忌の追善を催している8代目幸四郎のちの白鸚のおじさまの関兵衛。梅幸おじさまの宗貞。そして歌右衛門おじの小町と墨染。このおじの二役で自分が女形に進んだと言っても過言ではありません。そのくらい影響をうけました。

 この度、その白鸚おじさまの追善に、吉右衛門兄さんの関兵衛、染五郎さんの宗貞で、大好きな二役を勤めさせていただけるなんて、本当に夢のようなことと感謝しております。 …が、勤めてみて、やはり大役です。今まで、小町は幸四郎兄さんで、墨染は猿之助兄と吉右衛門兄さんで勤めさせていただいていますが、二役は初めてです。
 大変です!体力的にも精神的にも…時間的にも。
 小町は品よく、それでいて恋の為に単身、雪の中を旅してしまうような女性ですので、品を保ちつつほどよい色気と可憐さを失わないように勤めています。墨染のほうは、桜の精というのを心にとめ、前半は橦木町から来て、廓話をするわけですから、じゅうぶんに艷っぽく、また愛嬌もあり、関兵衛さんと楽しく踊っています。例の片袖のくどきあたりからだんだん本性が現れていくやりかたにしています。が、あくまでも精霊ですので、みあらわしのあとも鬼女や妖怪のように強くならず、ヒラヒラと可憐に立ち回っています。
 荒唐無稽な舞踊劇ですが、色彩・音楽ともに素晴らしいのでぜひ見にいらしてください。
 吉右衛門兄さんも私も、自分の持てる、体力、精神ギリギリまで出しつくして勤めておりますので、応援に来てくださいませ。

九代目中村福助

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福助気ままに語る(2008年2月6日)

 お正月公演も無事に千秋楽を迎えることができました。これも皆様の御後援の賜物と、心から感謝しております。

 昼の部は、吉右衛門兄さんの当たり役の『一條大蔵卿』に常盤御前。梅玉兄、魁春兄の鬼次郎夫婦、段四郎兄さんの八剣とまわりの先輩方にも助けていただいて、楽しく勤めました。
 常盤御前は、歌右衛門おじに初めて教えていただいたお役です。本公演中の開演前に『子供歌舞伎』というのがあって、歌昇さんの大蔵卿で、右も左も分からぬ10代で常盤を勤めさせていただくこととなりました。本公演で勤めていた歌右衛門おじが、「ほら、ちょっとやってごらん」と、歌右衛門おじの楽屋で向かい合わせで稽古をつけてもらいました。思えば、怖いもの知らずで…今考えてもひっくりかえりそうです。
 今は大蔵卿のもとにいるとはいえ、義朝の北の方で頼朝、義経の母ですし、清盛にもその美貌ゆえ乞われる。それでも源氏の為に、我が子の為に強い意思を持ち続ける素晴らしい母であり女性ですので、品と格を大切に勤めるようにしました。

 『助六』の揚巻は、成駒屋にとってはとても大切にしているお役です。五代目歌右衛門はこの役を代役で勤め、その好演が認められ、後に九代目團十郎の相手役に抜擢されることになりました。祖父五代目福助、六代目歌右衛門おじ、父の節目節目に勤められてきた大役です。それを、團十郎のお兄様が声をかけてくださって、この正月公演に勤めさせていただくうれしさはひとしおです。
 昨年12月、玉三郎兄さんにも「お前さん、重いよ〜!」とおどかされておりましたが…本当に重いです。全てこしらえして体重計にのり、自分の体重を引きましたら、41キロもありました。手紙を読むのも一仕事、キセルをついて懐手をしているのも悲鳴が出そうでした。
 しかし、いい役です!生酔で登場して花道のつらね。意休さんへの悪態。最高でした。また送り出しには父が満江を勤めており、感無量でした。今から20年前、並び傾城で團十郎のお兄さんの背中を拝見していて、いつかお相手を…なんて夢見ていたのが現実になって、何度もほっぺたをつねっておりました。

 河東節十寸会ご連中様の爽やかな歌声が耳に嬉しく、歌舞伎十八番を実感いたしました。

九代目中村福助

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福助気ままに語る(2008年1月7日)

 皆様あけましておめでとうございます。
 昨年、29日に無事、舞台稽古をいたしまして、今年のお仕事納めでした。本当に2007年も皆様の応援・激励のおかげでどうにかこうにか勤めることが出来ましたこと、心から感謝いたす次第でございます。

 早めの更新と思っていたのですが、師走公演は4つの大役をさせていただいたにも関わらず、風邪からの声ガレに悩まされて苦しい一ヶ月の中で、お正月公演の2つの大役の稽古に終われ、たいへんに遅くなってしまいました。

 『鎌倉三代記』は、勤めれば勤めるほど課題の増えていく芝居でした。あの長時間、難しい入り組んだストーリーをどうにか理解いただくように頑張ったのですが、いかがでしたでしょうか?
 『寺子屋』は、主の為に我が子を身代わりに差し出すと云うテーマが伝わりにくい気がして。子供を失った両親の悲しみを表現してみました。この狂言の残酷さは、我が子の死に加えて、三つ子と云うところに云うにいわれぬ悲しさがあるように思いました。

 さて、今月はいよいよ歳男のお正月公演。歌右衛門叔父に初めて指導を受けた『常盤御前』。吉右衛門兄さんのお相手で嬉しいかぎりです。それと、團十郎兄さんの助六で待望の『揚巻』。ドキドキであります。

『こいつぁ〜春から縁起がいいわぇ』

ぜひともぜひとも歌舞伎座に遊びに来てくださいませ。

九代目中村福助

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福助気ままに語る(2007年12月7日)

 皆さまご機嫌よろしうございます。たいへんにご無沙汰してしまいました。
 ご無沙汰している間にめっきり寒くなりました。皆様、お風邪など召されておりませんか? 私、ひいてしまったんです。それもかなりひどく!まぁ、インフルエンザではなかったのですが、11月の千秋楽の翌日から熱が出て、師走の初日前日にやっと下がったと思ったら、声ガレと云う落し物をしていったんです。時姫、千代の大役に萩原の奥方、マリアとたくさんつとめさせていただいているのに、情けないやら、申し訳ないやら、自己管理不足に反省しております。
 さて久しぶりで、待望の『鎌倉三代記』の時姫ですが、曽祖父五代目歌右衛門の遺した『歌舞伎の型』にもある成駒屋にとりましてもたいへん重い役です。『本朝廿四孝』の八重垣姫。『祇園祭礼信仰記』の雪姫と共に、歌舞伎では三姫に数えられているお役です。初演には歌右衛門のオジに指導を受け、橋之助の佐々木高綱、三津五郎さんの三浦之助と、今回とは逆の配役でした。
 この『鎌倉三代記』は『近江源氏先陣館』の続編とされ作者不詳とされていますが、近松半二作ではないか?といわれています。大阪夏の陣を鎌倉の世界に置き換えたもので、六文銭の模様からも分かるように、佐々木高綱は真田幸村、三浦之助は木村重成、そして時姫は千姫、よって父の北条時政は徳川家康ということになります。
 時姫は、やりがいのある大好きな役です。このあとの段で時政暗殺を失敗して、恋する人の為に自害してしまう、強い女性です。お姫様が田舎家にいて、手拭いを姉さん被りで行燈(あんどん)を持って登場するなんて、歌舞伎ならではの演出だと思います。三浦之助が気を失っている時に飲ませる『独参湯』は当時、なんにでも効いた気付け薬で、別の意味に必ず当たる狂言の表現にもなりました。 内容は少し難しいですが、歌舞伎らしさを味わっていただきたいです。

 『水天宮利生深川』は19歳の時に、当代のお父上の勘三郎のおじさまの幸兵衛で姉娘のお雪を勤めさせていただきました。妹のお霜ちゃんは染五郎さんでした。その時、おじさまには、芝居はかく心を表現するものかと厳しく教えていただいたありがたい思い出があります。初日が終わった後で、小日向のお宅にお礼にうががった時に、たいそう誉めていただいて、おこづかいをいただいたのを今も大切に取ってあります。今回、勘三郎兄さんが初役でお勤めになるのに萩原の奥方で出していただけるのも、なにかの御縁とたいへん嬉しく思っています。
 『寺子屋』の千代は12年ぶりです。この頃は戸浪、御台所が多くて、本当に久しぶりです。私もですが勘三郎兄さんもやはり12年前に中座で御一緒させていただいて以来にはビックリしました。千代は、本当に心の重くなる役です。戸浪が、子供のいない女性の悲劇。千代は、子供を失う悲劇。どちらも苦しい役です。

 最後に『ふるあめりかに袖はぬらさじ』。玉三郎兄さんが初めて歌舞伎座でお園を演じられるのを、九月『二人汐汲』を御一緒させていただいている時にうかがいまして、二人でセリの下でスタンバイしている時に「なにか出してください」とお願いしたのです。尊敬してやまない杉村春子先生が初演なさり有吉佐和子先生が命がけで書かれた作品をオール歌舞伎俳優、それも歌舞伎座で上演するのに、参加しない手はない!!と、改めて立候補させていただきました。
 お稽古中から本当に素晴らしい作品で、お客様の一人になってしまって、大笑いしたり、大泣きしながら拝見…もちろん自分の稽古は一生懸命やりましたよ…しておりました。
 終演が少し遅いですが、必ずなにかを感じていただける作品だと思います。また歌舞伎の財産が増えたと喜んでいる次第です。
 今回は堅くなってしまいましたが、すぐに続編を出しますので、次は『東京事変』。シアタークリエこけらおとしのお話などしたいと思います。

九代目中村福助

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福助気ままに語る(2007年11月16日)

 やっと寒くなってきたと思ったら、気温が20℃もあったり、こんな異常気象のなかインフルエンザが大流行していて、特に沖縄などは、終息せずに通年でまた流行しているそうです。去年の30倍の猛威をふるっているそうです。手洗い、ウガイを忘れずに!

 さて、来年は私、年男!そのスタートに嬉しいお知らせを頂きました。  お正月公演で、久しぶりに團十郎兄さまが「助六由縁江戸櫻」を演じられ、揚巻の大役を勤めさせていただくことになりました。揚巻は手前共、成駒屋にとりましてたいへん重要なお役で、五世歌右衛門は、これを代役して好演したことから九代目團十郎さまのお相手をさせていただくようになりました。祖父も勤め、大叔父六代目歌右衛門も、ずっと当たり役にしておりましたし、父も芝翫襲名で勤めております。
 送り出しに着ます打ち掛けに松尾敏男先生がお画を描いてくださることになり、重ねての喜びであります。

 また昼の部では、吉右衛門兄さまが「大蔵卿」を勤められ、常盤御前を勤めさせていただきます。

 お正月から大役を二つも勤めさせていただくのも、皆様のおかげさまと心から感謝しております。自分の持てる力を精一杯出す所存でおりますので、どうぞ、何度でも歌舞伎座に足を運んでくださいませ。

九代目中村福助

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福助気ままに語る(2007年11月7日)

 皆様、お元気ですか?
 霜月、酉の市の月だと云うのに、なかなか寒くなりません。が、油断大敵!朝晩は冷えるようで、風邪が流行っているそうです。
 ご用心の程を。

 11月顔見世公演の初日が開きました。

「宮島のだんまり」
 こしらえも、なるべく時代にしてみました。かつらは、菊百に油びん。衣装もぶっかえり(糸を抜いて違うなりになる手法)を入れて、派手にしてみました。あの油びんは、毛を固い油で固めて棒状にこしらえ、一本、一本、かつらに張り付けるのです。菊百の菊(かつらの前髪の部分が、菊のようになっています)は、紙を油で固めて花のように型どります。非常に手間のかかるかつらです。
 それに、生まれて初めての飛び六法!女形で六法を踏めるのは、「茨木」とこれだけではないでしょうか?まさに、短距離選手のような疲労感です。
 しかし歌舞伎座での幕外は、気持ちがいいです。

「御所五郎蔵」
 仁左衛門兄さんの五郎蔵!惚れ惚れするカッコよさですね。左団次兄さんにもいろいろ助けて頂いてます。

 先日は日展の100回記念のパーティーに、「島の千歳」を舞ってきました。日本を代表する美術界のお歴々。政財界の方々、1000人あまりの大きなパーティーでした。9月に亡くなられた高山辰雄先生の事を思い出し、胸が詰まりました。
 ご長女の由紀子さんが、映画「娘道成寺」を監督してくださった御縁で、昨年、アトリエにうかがわせていただきました。
 90歳を越して自分の作品と向かい合うお姿には、危機迫るものがあり。そのお歳になっても、自分の絵に対する研究、追求には余念なく、やはりこれだけの性根を入れて取り組まねば、芸術への道は開けないことを痛感いたしました。
 実際、完成した絵を日展会場で拝見した時、絵が呼ぶんですよね。惹き付ける魅力と申しますか・・・。他の作品より号は小さいのですが、絵が呼ぶんです。なんなんでしょうね?

 それともう一つ。10月の30日に、大谷桂三さんが33歳の年の差を越えて、めでたくご結婚披露宴をなさいました。すでにベビーちゃんはご誕生で。よきパパぶり、よき夫ぶりを披露なさいました。
お二人に幸あれ。

九代目中村福助

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福助気ままに語る(2007年10月22日)

 やっと秋らしくなったかと思ったら、もう紅葉の時期になっていました。
 皆さんの「秋」はなんの秋でしょうか?

 さて、私は休演をさせていただきのんびりした日々をおくっております。
 先日、3日続けて観劇してまいりました。
 まずPARCO劇場に古田新太さん主演・ケラさん(ケラリーノ・サンドロヴィッチ)演出「犯さん哉」。「古田新太、14歳!」には大爆笑!こんなに楽しい舞台は本当に久しぶりで。ケラワールド満載で大満足でした。
 次の日が三宅裕司さん主演・演出の「昭和クエスト」。三宅さん主催の劇団SET「ミュージカル・コメディ」のスタイルを変えずの45回目の公演だそうです。継続は力なりです。
 最後が青山劇場の松尾スズキさん演出、松雪泰子さん・阿部サダヲさん主演のミュージカル「キャバレー」。松尾さんらしい切口で政治色をあまり出さず楽しい舞台でした。ミュージカル初挑戦の松雪さんがすごく頑張っていて、阿部サダさんは存在感をフルに出していて充実した舞台でした。松尾さん独特の変な猫?が登場して大あばれでした。

 休演は本当にアッ!と云う間に過ぎてまいります。20日をすぎて現実にたちかえり、顔見世公演にそなえます。

 エネルギー貯めした11月のお芝居応援に来てくださいませ。

九代目中村福助

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福助気ままに語る(2007年10月12日)

 皆さんお元気ですか?
 怒涛の七ヶ月連続公演が一段落して、緊張の糸が弛んでしまったのか、一気に疲れが出てしまって、鍼・整体・カイロまわりと休息の日々を送っております。

 先日、東京ドームの「嵐」のコンサートに行ってきました。3時間、唄いっぱなしの踊りっぱなし!たくさんたくさん元気を頂いてきました。夏のファイナルという事もあり、東京ドームの最上段まで満員で…いつか東京ドームで満員のお客様の中で歌舞伎をやってみたくなりました。
 その節には皆さんよろしくお願い致します。

 さて、師走12月公演も決まりました。
 三姫の中で自分としては心情が一番共感できる、時姫!本当に嬉しいです。初演は三津五郎兄さんの三浦之助、橋之助の高綱でしたが、今回は逆の配役でこれまた楽しみです。

 そして「水天宮利生深川」の萩原の奥方。20数年前、染五郎さんが7歳でお霜、私が19歳で姉・お雪。中村屋のおじさまの幸兵衛。生まれてはじめて一回り下の役者と姉妹役をしたショックの十代最後の舞台でした。
 お雪は目が不自由なので一週間ほどアイマスクをして生活したのを思い出します。そのおかげか初日の夜、小日向のお宅でおじさまにご褒美を頂きました。もったいなくていまだに封を切らずに取ってあります。大事な勲章です。
 中村屋のおじさまの幸兵衛は怖かったですよ。なんたって瞳が外側に離れてしまうんだから。見得の時と逆の目ですよ。できるかたがいたらご一報ください。

 私はこの芝居で中村屋のおじさまから芝居の心、心で芝居することを教えていただいた思い出の芝居です。

「寺子屋」の千代は苦しい役です。主君のためとはいいながら、あまりに不条理な出来事にただただ悲嘆にくれるばかりです。千代は子供を失い悲しいですが、思いがけず殺人者の妻となってしまう戸浪はもっとつらいかもしれません。

「ふるあめりか〜」は、9月に「二人汐汲」で玉三郎の兄さんとご一緒させて頂いた時、雑談中に生まれたお役です。せっかく初めて歌舞伎座で上演する「ふるあめりか〜」、皆で盛り上げていきたいです。

九代目中村福助

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福助気ままに語る(2007年9月25日)

 緊急報告です。
 当初、10月、11月続けて休演させていただくつもりでしたが、松竹から是非!とのお薦めをうけて、11月顔見世公演(歌舞伎座)に出演することになりました。『宮島のだんまり』を出します。

 実は今年、成駒屋(三代目歌右衛門)が江戸へ来てちょうど200年になるので、なにか記念のものをやりたかったのです。四代目歌右衛門が考案してちょうど185年前に初演した『宮島のだんまり』を勤めさせていただくことにしました。五代目歌右衛門も福助時代に勤めて、それがまた1887年。120年前なんです。なにか、強い因縁を感じます。
 それが夜の部の序幕で、もう一つは、昼の部に仁左衛門兄さんの『御所の五郎蔵』で皐月を勤めさせていただきます。
よろしくお願いいたします。

 秀山祭も残すところ、あと1日です。

 相模は毎日、いろいろな発見があり時代物の奥深さを感じます。…まじめなお話、御覧になった女性の方、あそこに我が子の首が乗っていたらどうします?本当に辛いところです。

『二人汐汲』は二人の姉妹の幽霊が月の夜、恋しい行平様の形見を持って悲嘆にくれ、汐を汲むなんてドラマちっくじゃないですか?

 秀頼は、ただ異常な緊張感の中に身を置き、精神的にも苦しいです。あのおでこを出す『地蔵くり』というかつらは先代勘三郎おじさんが考案なさったと聞いていますが、面長な私の顔にあっておりましたでしょうか?

 また暑さが続くようで、ご自愛のほどを。

九代目中村福助

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福助気ままに語る(2007年9月19日)

 皆様、いかがお過ごしでしょうか?
怒濤の納涼歌舞伎から3日間の稽古で秀山祭に突入いたしました。
秀山祭も今年で2度目。昨年に続いて3つの大役です。いづれも初役で、3日間の稽古で初日を開けるにはかなりプレッシャーがかかりました。

 まず『熊谷陣屋』の相模。これは、自分としてもライフワークにしていきたい役です。これまでに藤の方は3度勤めさせていただいていて、父や京屋のおじさまの相模を間近に見せてもらったことが、大変、役にたちました。相模も藤の方も舞台にいる間が長いのですが、藤の方は敦盛を殺されたと思っている前半、相模は我が子の死を知った後半が、演じていてしんどいです。相模を勤めていると、いいしれぬ理不尽さを感じてしまいます。ことに九代目團十郎考案の活歴の幕外は、相模としては「私も連れて行って!」っていう感じです。
 『二人汐汲』は玉三郎兄さんが以前から、能の「松風」を舞踊化して一緒にやりたい…とおっしゃって下さったのが、今回こういう形で実現できたのは、なにより嬉しいです。玉三郎兄さんと二人で踊るのは初めてではないでしょうか?毎日ディスカッションしながら楽しんで勤めています。
 『二条城の清正』の秀頼は、御年19歳ですので、ブリブリ勤めています。秀山十種のひとつで、吉右衛門兄さんも気合いが入っていらっしゃって、非常に緊張感に満ちた舞台になっています。秀頼は歌右衛門おじも勤めていて、写真を参考にお化粧を工夫しています。当代勘三郎兄さんもお父様の清正で秀頼をおつとめになっていて、いろいろアドバイスをしてもらいました。
 あと1週間!全力で頑張りますので応援にきてください。

九代目中村福助

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福助気ままに語る 8月納涼歌舞伎を終えて(2007年8月29日)

 この異常な残暑!
 皆様、ご体調はいかがでしょうか?私も毎度のことながら酷暑の中、納涼恒例フル回転で頑張っております。これも皆様のご声援があってのことと感謝しております。
 歌舞伎では通常、『打ち上げパーティー』は催さないのですが、8月公演だけは必ず開催して、出演者、スタッフ、関係者一同親睦を深めております。その『打ち上げパーティー』が、昨日(27日)、歌舞伎座地下食堂においてニギニギしく行われました。ここで渡辺えり子さんがご挨拶なさって「先日、歌舞伎座を通しで見て、他の作者さん方とお話したかったのですが、ここへ来て、皆さん故人だと気が付きました。」と自分だけが生きている作者だと自慢?したげだったので、即席レポーター・すみれ丸がえり子さん直撃!

すみれ丸:おつかれさまでした。今回の手応えは?
えり子:本気で自殺を考えました。
すみれ丸:なぜ?
えり子:おもしろい作品にしようと悩みすぎてなかなか書けなくて。書いてみて実現まで制約が多すぎて、ヒエピタとトクホンの日々でした。
すみれ丸:本をいただいた時からの疑問だったのですが、なぜ「蚊」なんですか?
えり子:最初は蝿にしようと思ったのですが、哲明さん(勘三郎兄)が先代が蝿になって自分達を見にきてくれていると信じているので蝿は殺したくない!とのことで蚊にしました。
すみれ丸:うぐいす、ほととぎすなんかが歌の名手と言うのならわかりますが何故、雀の私が歌の名手と言う設定にしたのですか?
えり子:もちろん題名からもありますが、ウチの庭にいつも雀が遊びに来ていて、その声を聞きながら執筆活動をしているので、あの声が急になくなったら…と言うような発想からです。
すみれ丸:次回作品は?
えり子:舞踊劇に囚われずチャンスがあったらぜひ書きたいです。

…やっぱり生きている作者だと、回答が端的でありがたいですね。実は本読みまで勘太郎くんが孔雀王と森彦。七之助くんが鶴姫とお夏早変わりだったんですが、顔の色、現実と夢がゴッチャになってしまう!と云うことで、本読みをお休みしていた孝太郎さんが孔雀王、勘太郎くんの隣に座っていた芝のぶが鶴姫に急遽決定したのです。それにつれて松也くん、京蔵さん、仲之助くんたちも今の役に決定したのであります。そこで完全に二つの役に切り放すべく、生ける原作者は近所のサテンで執筆活動にはいりました。
こうして今の配役に治まったわけであります。昔はこういうふうなこともあったんでしょうね。
 マル秘情報ですが、ハリソンさんがブルーのカラコン入れてた!ってご存じでしたか?
 私は今朝ほど手前共の『雀成会』で「松の緑」を踊らせていただいて、終演後は来月の「二人汐汲」の稽古で!本日、五部制であります。

九代目中村福助

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福助気ままに語る(2007年8月22日)

 今年の夏は本当に暑いですね。連日の猛暑の中、皆様、体調など崩されておられませんか?岐阜の多治見や埼玉の熊谷では40℃以上との発表に、目をまるくしておりました。

 さて、毎年恒例の“納涼歌舞伎”がやってまいりました。皆様に楽しんでいただけてるでしょうか。
 今年のメインは、なんといっても渡辺えり子さんの歌舞伎二作目の舞踊劇でしょうか?平成16年12月の『今昔桃太郎』に続いて、昔話シリーズ『舌切雀』です。しかしまたこれが、なかなか台本が上がってこない。キャストも、当初は、大和屋(三津五郎)さんが孔雀王になったり、亀蔵君が小人だったり、王と森彦・鶴姫とお夏が勘太郎・七之助が早変わりと大騒ぎでした。しかし、8月の稽古初日に、いろいろなディスカッションから今回の配役におちつきました。
 また、この作品は、登場人物の多いことも特筆にあたいします。歌舞伎で一番多く役者と後見が出るのは、多分『助六』の90人だと思うのですが、『舌切雀』は総勢75人!この交通整理だけでも、大変です。当初、歌舞伎座と実寸大の稽古場でお稽古をする予定でしたが、諸々の事情があって、東劇の稽古場で始めました。ですから、はっきり言ってパニック!でも、振りをもらった鳥たちは各グループに分かれ、次第に役を固めていきました。
 歌舞伎座の場合、最後の稽古は、たいていロビーに畳式を敷いてそこでお稽古をします。えり子さんも、串田和美さんも、野田秀樹さんも、最初はビックリでした。そして、そのロビーで70幾人かが稽古するのですから、大混乱です。結局、だいたいを舞台稽古へ持ち込みということで、2日連続午前3時前までかかってしまいました。新しいものを作るには時間が足りないと、実感しました。
 次に大変だったのは、『越前一乗谷』です。尾上菊之丞家元の舞踊の振りが難しく、戦いの場面を踊る人たちは火を吹いていたようです。
 『ゆうれい貸屋』は、山本周五郎先生の原作がとてもしっかりしていて、納涼らしい肩のこらないお芝居です。早い段階から詳しい打ち合わせをしておりましたので、割合にすんなり入れました。三津五郎兄さんは、7月いっぱい舞台『砂利』(ダンダンブエノ公演)に出演なさっていて、さらに今月の舞台もまた膨大なセリフの数なので、珍しく今回のお稽古では、セリフに苦戦していらっしゃいました。
 第3部の『表裏先代萩』は、勘三郎兄さんが初めて政岡をつとめるということで、父・芝翫が指導に来ておりました。

 今月の舞台に関して、皆様のご感想など聞かせていただければと思います。
 既に9月の秀山祭の台本が山積みされています。来月の歌舞伎座も是非ご期待くださいませ。

九代目中村福助

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福助気ままに語る(2007年6月27日)

 梅雨に入ったのになかなか雨が降らず、やっと梅雨らしくなってきた今日この頃、紫陽花の花も美しく咲いています。皆様にはいかがおすごしでしょうか?
 シアターコクーンも6年ぶりの『三人吉三』、皆様の暖かい後押しで歌舞伎では異例の追加公演までさせていただく大盛況で、本当に役者冥利につきる公演になりました。
 串田監督のもと、前回より深く深く作品を掘り下げて、三人の吉三それぞれが心に傷を持つ者同士の絆を明確に出した作品になりました。音楽も今回は椎名林檎さんに担当していただき、下座音楽との調和を保ちつつ、役役の心情を新しい感覚の音楽で人間のさがを表現しました。また照明、美術も前回のものに手を加え江戸の下町の光と闇を鮮明にしました。幕開きと『伝吉内』には本物の犬…ちゃんとプロダクション所属していて、パコちゃんと云います…を出して『犬』と云うテーマをハッキリとさせました。
 コクーン歌舞伎には賛否両論あると思いますが、皆様の御意見を聞かせていただいて、後の参考にしていきたいです。

 7月は、国立劇場歌舞伎観賞教室に久しぶりに出演いたします。今回は、テーマを『親子』に絞って『野崎村』にしました。『お染の七役』では何度も勤めている、お光ですが、『野崎村』では初めてです。
 『野崎村』は父が芝翫襲名のおり、私も初舞台を踏ませていただいた懐かしい狂言です。父親役の久作には東蔵さんがかって出てくださり、久松は松江くんです。後家には芝喜松。お染には芝のぶ。下女およしに福緒。ラストを盛り上げる駕屋には福太郎・東志也と一門で一座を開けられることになりとても楽しみにして、幸せを感じております。総指揮には父が、まわりの指導には歌江さんが力を貸してくれて「成駒屋色」の濃い芝居にしたいと思っています。
 『歌舞伎の見方』は、目先を変えて「十二支」をテーマに歌舞伎に出てくる動物達を通して、面白さを知っていただきたい企画にいたしました。どこにどんな風に十二支の動物達が出てくるか?また有志の方には参加していただく演出も考えております。
 『歌舞伎の見方』の最後には、『野崎村』に至るまでのあらすじをスライドで分かりやすく説明いたしますし、義太夫を舞台脇にテロップで出そうと思っておりますので初めて歌舞伎を見る方には絶対にお薦めです。
 入場料も他から比べるとずいぶんお安くなっております。
 是非とも「歌舞伎の敷居が高い」っておっしゃっているまわりの方もお誘いくださり、応援に来てくださいませ。

九代目中村福助

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福助気ままに語る(2006年11月2日)

 秋も深まり、紅葉の美しい季節となりました。先月、お話しましたように、10月は、テレビドラマのロケで上海に10日間ほど出かけてきました。上海は、ご存知のように中国最大の国際都市で、近代的な超高層ビルの数々や、歴史を感じさせる独特の雰囲気など、一口では語れないほど、美しく魅力的な都市です。これまでにも、旅行で何回か訪れたことがありますが、今回驚いたのは、撮影所に作られた大規模なオープンセットです。このスケールには本当に圧倒されました。このことは、また機会を作ってお話したいと思っています。
 10月はロケの後は、舞台がお休みということもあり、プライベートで少しのんびりとした時間も作れました。英気を養って、さあ、今月は歌舞伎座です。
 今月は「顔見世大歌舞伎」に出演させていただきます。昼の部は「伽羅先代萩」の通しで、花水橋の足利頼兼をつとめます。「先代萩」は、五代目歌右衛門、六代目歌右衛門、そして父・芝翫も共に大事につとめてきた、成駒屋の大切なお芝居です。私も、平成10年8月の納涼歌舞伎で、政岡を初めてつとめさせていただきました。三十代で政岡をやらせていただけるとは思ってもいなかったので、手も足も出ない感じではありましたけど、逆にその時にしかできない政岡を演じようと思い、精一杯つとめました。私は、歌右衛門のおじから直接教えてもらう機会はなかったのですが、今回は、その歌右衛門直伝の菊五郎兄さんの政岡ですから、そばで拝見できるのが本当に勉強になります。
 頼兼は、平成13年10月の歌舞伎座以来、2度目となります。もともと、題名の「伽羅〜」というのは、頼兼が、家伝来の貴重な香木(名木)=伽羅で作った下駄を履いている伊達男、というところから来ているもの。頼兼は、大江鬼貫や仁木弾正ら悪人たちの甘言に惑わされて郭通いをするようになり、放蕩の限りを尽くし、将軍家から隠居を命じられてしまう。その後の騒動の発端を作る役でもあります。演じるときは、奥州五十四群を治める家の当主としての立派さもないといけないので、品格を第一につとめたいと思っています。
 「先代萩」といえば、児太郎時代に千松をつとめた思い出もあります。「裏表先代萩」が出た昭和45年5月の国立劇場で、政岡は父・芝翫でした。「まま炊きの場」で、毒入り菓子を鶴千代の代わりに食べて、私は舞台の上で死んだまま、横になっていました。そのときに、グラリと大きな地震がきたらしいのです。らしいというのは、実は知らない間に寝てしまっていたのですが、父にしてみれば、まだ当時9歳で腕白な私のこと、いつ起き上がって「パパ、地震だよ」と言い出すかもしれず、と心配で心配で汗びっしょりになってしまったというのです。後で聞かれて、「地震、知らない。寝てた」と答えましたが、このときほど、子供と一緒に舞台に出るのが怖いと思ったことはなかったと、父は後で回想しています。
 夜の部では、「鶴亀」で、雀右衛門のおじさまとご一緒させていただきます。三津五郎兄さんと踊らせていただけるのも、楽しみです。
 今月は、父・芝翫、富十郎兄さん、菊五郎兄さん、団十郎兄さん、仁左衛門兄さんをはじめ、顔見世ならではの豪華な顔ぶれで、見応え十分な舞台を楽しんでいただけると思います。
 お芝居の秋です、どうぞ、皆様、歌舞伎座に足をお運びください。

九代目中村福助

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福助気ままに語る(2006年10月1日)

 今年は秋の訪れが早いようで、めっきり涼しくなってきましたが、皆様、お変わりありませんか?
 9月は、歌舞伎座の秀山祭に出演させていただきました。昼の部の「寺子屋」は、本当に久しぶりの高麗屋の兄さんと播磨屋の兄さんの共演で、いい意味でのライバル意識が緊張感みなぎる舞台を作り上げていましたね。私が演じた御台様は、芝居が佳境に入って、もう終わるというところで登場しますので、その高まった雰囲気を壊してはいけないと、私の方も緊張感を味わいながら、つとめました。何もすることがないので、逆に難しかったというのが、正直な気持ちです。戸浪と千代は、以前に演じさせていただいたことがあります。戸浪は、切羽詰まって途中から加害者にならざるをえないという、とても荷の重いお役。千代は、自分の子供を差し出している被害者で、覚悟の上とはいいながら、どうしようもできない時代に生きている。両方ともいたたまれないという気持ちは同じなんです。そうしたお役を経て、御台様をつとめさせていただくと、両方の辛さがわかって、新たなものが見えてくる思いでした。この「菅原伝授手習鑑」の根底にあるのは、三つ子の悲劇だと思います。ただの兄弟ではなく、同じ腹から生まれた三つ子というのが足枷になって、悲劇が生まれてくるんです。今回は「車引」が最初に出ているので、話の流れもわかりやすく、松王が言う「桜丸が不憫でござる」という台詞もよく理解できたのではないかと思います。特にこれは高麗屋の兄さんの心情から出ていると思うのですが、「桜丸が不憫でござる」の間に、「桜丸と、倅(せがれ)」とおっしゃっていました。これがとても味わいを深めていて、私の好きなところです。その言葉によって、千代も、「やはりこの人は自分の息子のことを思ってくれている」と救われる思いだったのではないでしょうか。この重厚なお芝居を、娘の佳奈、橋之助の次男の宗生も経験させていただき、本当にいい勉強になったと思います。今回、私はこの子供たちと一緒の楽屋で、さながら楽屋がもう1つの<寺子屋>といった賑わいでした。
 夜の部の「籠釣瓶花街酔醒」では、6年ぶりに八ツ橋を演じました。この作品は、先月も申しましたように、五代目歌右衛門と初代左團次が初演したものですが、そのときの演出は今と大分違っていました。それを昭和の初期になって、初代吉右衛門と六代目歌右衛門とで今のようなかたちに作りあげてきたもので、歌右衛門もこの狂言をとても大切にしていました。私も、歌右衛門のおじから手とり足とり教わってきましたし、吉右衛門の兄さんも歌右衛門のおじさんと演じたという自負をお持ちだと思うんです。ですから、私たちは、歌右衛門から譲ってもらった財産として、これを大切に守っていきたいという気持ちが強いですね。特に今回は、おじが他界して初めて八ツ橋をつとめた舞台で、しかも5回忌に当たる年ですので、改めて気が引き締まる思いでした。
 もちろん、歌舞伎は色々なスタイルがあっていいので、他の役者さんが演じるような新しい演出もあっていいと思います。そうしないと、歌舞伎がひと色になってしまって、つまらなくなってしまう。お客様にとっても、同じ芝居を違う役者で観たり、こっちが好き、あっちが好きと色々と好みを言い合えるのも、歌舞伎の楽しさだと思います。
 さて10月は、舞台はお休みですが、実は、来春、テレビ東京でオンエアされるスペシャルドラマ「李香蘭」に出演することになり、そのロケで、中国・上海に10日間ほど出かけます。これは、日本人に生まれながら、中国人歌手・女優として生きた李香蘭こと山口淑子さんの波乱の生きざまを描いたドラマで、主演は上戸彩さん。私が演じるのは、長谷川一夫さんです。生前一度だけお目にかかったことがありますが、幾つになられても品格があり、理知的なダンディで、本当に魅力的な方でした。今から長谷川一夫さんが出演されていた映画やテレビを見て、研究に余念がありません。ドラマ放映はまだ先のことですが、皆さん、ご期待くださいね。

九代目中村福助

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福助気ままに語る(2006年9月1日)

 8月の納涼歌舞伎には、多くの方々にお越しいただき、ありがとうございました。勘三郎の兄がいないということで、どうなるかという不安もありましたが、それを逆にバネにして、皆で新しい企画を持ち寄り、今まであまり出ていないものを中心に上演しました。
 私が芸者おきちをつとめさせていただいた「吉原狐」も、45年ぶりに甦ったもので、村上元三先生らしく、善人ばかりが登場する江戸風情あふれるお話です。ただ当時のままの台本では今の空気に合わない部分もありますので、斎藤雅文先生に補綴をお願いしました。斎藤先生は新派文芸部の方ですが、5月の新橋演舞場で上演された「ひと夜」の演出がとても素晴らしかったので、是非にとお願いして書いてもらいました。例えば、原作では〈お杉〉は中年の女性なんですが、扇雀さんが出てくださるので年下の妹に変えたり、色々と改訂をしました。ごちそうで、橋之助に女形をやってもらって、兄弟(姉妹?)ゲンカの感じを出したりもしました。でも、一番最初に口説かなければならなかったのは、三津五郎兄さんに私のお父さんをやっていただくことでした。台詞にも「いい男だ」「いい男だ」と何回も入れて、納得していただきました。また、殿様を演じてもらった染五郎さんには、無理を承知で、あの「決闘!高田馬場」と同じ拵えをして出てもらったんですが、これも彼にしかできない、とてもいい感じだったと思います。さらに、初演以来の中村小山三さんと中村千弥さんにも出ていただけて、嬉しかったです。私も中村屋のおじさまを忍ぶ気持ちで、最後の場面で、中村屋の紋である〈銀杏〉をあしらった着物を着用させていただきました。
 3部の「南総里見八犬伝」は、28年間馬琴が書き続けた絵双紙だけに膨大なもので、それをまとめる時間がもう少し欲しかった、もっと新しい趣向もやりたかったとの思いもあります。それでも、全員で力を合わせてつとめました。三津五郎兄さんが軸になってくださったことも、心強かったです。これは8人の犬士一人づつに膨大なエピソードがあるので、今後もそういうエピソードを色々なかたちで続けていくのも面白いのではないかと思っています。
 この納涼歌舞伎には子供さんも大勢見えて、楽しんでくださったようですね。これが、歌舞伎を知っていただくステップのひとつになればいいなと思っています。
 さて、今月は、初代吉右衛門生誕120年のお祝いにあたる〈秀山祭〉です。幸四郎の兄さんと吉右衛門の兄さんが揃ってお出になるということは、それこそ「待ってました!」と言いたいぐらい、本当に嬉しいことです。何よりもおじいさまへの追善だし、喜びだと思います。その中で「寺子屋」に出していただくのは、本当にありがたいことです。「寺子屋」では、父・芝翫が千代をつとめるということもあり、橋之助の次男の宗生が小太郎を、そして私の娘の佳奈が菅秀才をやらせていただきます。子供たちにとって、父や私と一緒に大舞台の雰囲気を味わえるということは、感性を磨く上でも何よりの経験になると思います。そして夜の部では、「籠釣瓶花街酔醒」で八ツ橋をつとめさせていただきます。歌右衛門5年祭にあたる今年は、「京鹿子娘道成寺」に続き、この八ツ橋という大きいお役をやらせていただき、とても幸せなことだと思います。2つとも、成駒屋の芸として歌右衛門のおじに教わったものですし、六代目歌右衛門のパワーを改めて感じるところがあります。この作品は、五代目歌右衛門と初代左團次が初演し、以来、初代吉右衛門と六代目歌右衛門とで今のかたちの演出に作り上げてきたものです。戦後間もなく人々の心が暗かったとき、六代目の八ツ橋の微笑みが皆さんを明るくしたと言われる、それほど大事なお役ですから、これからも大切につとめていきたいと思っています。今回は、吉右衛門の兄さんの佐野次郎左衛門に、立花屋長兵衛役で高麗屋の兄さんが出てくださるのも、本当にありがたく、こんなに嬉しいことはありません。
 どうぞ皆様、今月の舞台にご期待ください!

九代目中村福助

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福助気ままに語る(2006年8月1日)

 先月は、今年初めてお休みをいただき、大好きなお芝居をたくさん拝見して、少しのんびり過ごさせていただきました。心身ともに十分充電して、さあ、8月は恒例の納涼歌舞伎です。
 今年は、勘三郎の兄が出演しない納涼歌舞伎ということで、先月もちょっと申し上げましたけど、三津五郎さんや染五郎さん、扇雀さん、橋之助たちとスクラム組んで頑張ろうと思っています。
 そして、今年の納涼歌舞伎は、「犬」をテーマにしようということになりました。と言いますのも、今年は戌年ですが、これまで戌年絡みの演目が何もかかってないんです。そこで、犬が出てくる演目を集めましょうということで、まず決まったのが「南総里見八犬伝」。また、三津五郎さんが出演される「駕屋(かごや)」にも犬が登場します。もう1つは、橋之助が出させていただく「慶安太平記 丸橋忠弥」。忠弥が酔っぱらったふりをしてお堀端で醜態を見せるところに犬が出てくるんです。そういうわけで、今回の納涼歌舞伎は、犬に注目してください。
 さて、私がつとめるお役ですが、今回は全部初役です。<第一部>の「近江のお兼」は、布晒しの踊りが夏らしい、爽やかな長唄舞踊です。成駒屋でも大事な芸ですので、父に聞いて、それを守って受け継いでいきたいと思っています。
 <第二部>の「吉原狐」は、亡くなられた村上元三先生の作品で、昭和36年に先代の勘三郎のおじさまと白鸚のおじさまに当てて、書き下ろされたもの。それが45年ぶりに歌舞伎座で甦ります。今回は斎藤雅文先生に補綴をお願いして、村上先生の作風を生かしながら現代にもマッチするような感じにしたいと思っています。吉原芸者の気っ風のよさや粋など、吉原の風俗がよく描かれているお芝居で、私が演じるのは、惚れっぽい芸者のおきちちゃん。男に惚れると、狐が憑いたように夢中になってしまうというところが題名の由来です。登場人物全員が、相手のことを気遣っているつもりが、早とちりで勘違いしてしまったり、そこから生じるてんやわんやがとても楽しく描かれています。私にとっては久しぶりの弾けた役ですが、もう一方の橋之助はもっと弾けた芸者役で出演します。彼も、女形は決して嫌いではないようです。私としては、三津五郎兄さんと初めての親子役というのも、今から楽しみです。
 <第三部>は、犬坂毛野をつとめさせていただく「南総里見八犬伝」。これはご存知のように滝沢馬琴が28年もかけて書いた長編で、本当に動画のような世界。渥美清太郎先生の脚本を今井豊茂さんが補綴してくださって、今色々と膨らませているところです。3時間以内にまとめるのはなかなか大変ですが、さまざまなエピソードを取り入れながら、歌舞伎の様式美も楽しめて、かつスペクタクルも存分に楽しめるという、劇画的な仕上がりになるのではないでしょうか。
 本来、納涼歌舞伎は通常よりも料金を下げて、皆様に気軽に楽しんでいただくことを目指しているわけですが、特にこの「八犬伝」は、歌舞伎が初めてのお子様が観ても、十分に楽しめるはずです。
 外は暑くても、歌舞伎座の中では納涼の風が吹いています。夏休みは、是非ご家族そろって歌舞伎座にいらしてください!

九代目中村福助

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福助気ままに語る(2006年7月1日)

 早いもので、もう今年も半ばを過ぎてしまいましたが、皆様、お元気ですか?
 先月は、1カ月間、「暗闇の丑松」のお米を演じさせていただき、色々と思うことがありました。長谷川伸先生が描く女性役というのは、「一本刀土俵入」のお蔦、「刺青奇偶」のお仲、「檻」のお若など、全部24歳という設定で、その年齢を女盛りと考えていらしたようです。しかし、このお米は22歳で、どこかまだ未成熟な女という感覚があるのではないかという気がします。義理の母の虐待というものも後で生きてくるのではないかと思いますし、丑松と板橋の宿で再会した後、自分の気持ちをわかってもらえなくて自殺してしまう、そこにも、お米の辛さがあったのではと感じます。
 お米は色々な人に裏切られ続けてきた女性ですが、彼女の中では、丑松だけは違うと思っていた。彼女にしてみれば、初めて信じられる人に出会って救われていたはずなんです。丑松も自分を信じてくれていると…。でも、そのたった一人の丑松にも信じてもらえず、自害するしか道がなくなってしまう。あの自殺は彼に訴えるのではなくて、ただ自分を消しただけの話だと思います。お米というのは、言葉で訴えるようなことができない中で育ってきたので、ただ耐えるしかない、そういう女性なんです。そこに救いのなさを感じますね。
 今回、幸四郎の兄さんが演出も担当されて、お米がお熊に虐待される場面でも、実際に打つところを見せたり、後半、お米が遺体で運ばれてくる場面も、その顔をはっきり見せるようにしました。それで思い出すのが、祖父の福助が「刺青奇偶」を演じたときのことです。お仲が身投げして助けられる場面で、当時、祖父は結核を患っていたにもかかわらず、水をかぶって演じ続け、周囲が何を言っても25日間、全身水浸しで通してしまったというんです。祖父が生きていればお米はやりたかった役に違いないので、そんな祖父のことを考えて、私も、あの遺体の場面では水をかぶって演じました。本当はそんなにびしょぬれになる必要はないんですが、祖父の思い出ということでやらせていただきました。
 長谷川先生は、「一本刀土俵入」のお蔦と茂兵衛の上と下での会話とか、この作品の、丑松が人殺しをした後のお米とのやりとり、2人が再会したときの空気、緊迫感の出し方、それらの描き方が本当に上手いと思います。それから、丑松はあれだけ人を殺しているんですが、実際に殺しの場面が出てくるのは、お今を殺すところだけで、他は全部想像させるだけなんです。それが観客の想像力を膨らませ、ドラマを奥深くしているわけで、そういうところも長谷川先生の本作りの上手さを感じます。
 ところで、今月は久しぶりにお休みをいただき、色々なお芝居を観ようと、今から楽しみにしています。まずは、歌舞伎座の泉鏡花祭ですね。さすがに玉三郎の兄さんは鏡花をよく研究されているだけに、演目の並びも非常に面白い。初めての人には難しい作品もありますが、鏡花の初期の作品というのは独特の言葉づかいで、それが面白いんです。現代劇もいっぱい観たいと思っています。自分も舞台をやっている人間として、リアルタイムで同じ空間に身を置けるというのは楽しいことですし、それぞれの演出家、役者さんの感性が伝わってきて、とても刺激になって、気分をリフレッシュできます。
 7月が終わると、今度は8月恒例の納涼歌舞伎が待っています。今年は、勘三郎の兄が襲名披露地方公演のため出演できませんので、三津五郎さん、染五郎くん、それに橋之助たちと力を合わせてがんばります。そのお話はまた来月ということで、ご期待ください。
 これからますます暑くなってきます。皆様、健康にはくれぐれもお気をつけてお過ごしください。

九代目中村福助

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福助気ままに語る(2006年6月1日)

 5月は、新橋演舞場にたくさんの皆様にお越しいただき、ありがとうございました。久しぶりにつとめた「京鹿子娘道成寺」、皆様に楽しんでいただけたようで、私もほっとしております。また、芝雀さん、亀治郎くんとご一緒させていただいたトークショー<女形の夕べ>にも、遅い時間にもかかわらず、大勢の皆さまにお集りいただき、ありがとうございました。このときの模様は、写真とともにNEWSのページに掲載しておりますので、併せてお読みください。
 6月は、歌舞伎座で「暗闇の丑松」「藤戸」をつとめさせていただきます。「暗闇の丑松」は、長谷川伸先生の作品です。長谷川先生の作品といえば、六代目菊五郎のおじさまと祖父の五代目福助で「一本刀土俵入」「刺青奇偶」が初演され、3作目がこの「暗闇の丑松」になるはずでした。ところが、長谷川先生が執筆なさっている最中に祖父が急逝してしまったために、それが叶わなかったという残念な思い出があります。ですから、私が初めてつとめたとき(平成10年11月)、当代の菊五郎の兄さんと、五代目の孫である私の名前が番付に並んだだけでも、祖父への供養になったのではないかと思って、感慨深いものがありました。そのときは、村上元三先生に演出をしていただき、先生に褒めていただいたことが、昨日のことのように思い出されます。村上先生は今年の4月にお亡くなりになってしまったので、今回は、村上先生への追善の気持ちも込めて、高麗屋の兄さんとつとめさせていただきます。
 ところで、このお米役は、たくさんあるお役の中でも、精神的にとてもハードなお役です。自分を抑えて演じなければいけないので、辛いものがありますね。彼女はずっと虐待されてきた身で、紆余曲折の果てに丑松と再会しますが、そのときも、自分が一番見られたくない姿を見られてしまうという…結局、誰にも心を開けないまま、自害してしまうんですね。そこに彼女が重く背負ってきたものが表現されているわけで、精神的に抑えつけられた女性の姿がよく描かれています。それは、この時代特有のものではなくて、ある種、現代の女性にも投影されているのではないかと思います。
 「藤戸」は、平成10年、宮島歌舞伎で初めてつとめたものです。吉右衛門兄さんが構成をなさって、厳島神社奉納公演として上演されました。このときは、屋外での夜の公演とあって、色々と不安もありましたが、お天気もよくて、本当に貴重な体験をさせていただきました。
 今回は、吉右衛門兄さんが作品自体をもう1度練り直し、松羽目ものとして、能がかりな演出で上演します。播磨屋の兄さんは(先月の新橋演舞場の公演もその一環でしたが)、新しいものにどんどん挑戦し続けているのが素晴らしいと思います。播磨屋の財産になるであろう、この大事な演目に協力させていただけるのは、とても光栄なことです。
 今月の歌舞伎座は、他にも、仁左衛門の兄さんと菊五郎兄さんの「荒川の佐吉」「身替座禅」など、多彩な演目が並びます。季節は梅雨に入りますが、どうぞ、皆様、歌舞伎座で梅雨空を吹き飛ばしてください。
 お待ちしております。

九代目中村福助

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福助気ままに語る(2006年5月1日)

 季節は初夏、新緑が目に眩しい季節となりました。皆様、お元気ですか?
 4月は歌右衛門のおじの追善興行に多くの方にいらしていただき、ありがとうございました。「狐と笛吹き」「伊勢音頭恋寝刃」を無事つとめさせていただき、少しはおじへの供養になったかと思っております。引き続き5月は、新橋演舞場で「京鹿子娘道成寺」をつとめます。ご存知のように「道成寺」は女形舞踊の大曲であり、成駒屋にとってはとても大切な家の芸で、歌右衛門のおじもライフワークにしておりました。その「道成寺」を奇しくもおじの五年祭の年に踊らせていただくということで、私としては4月に続き5月もおじの追善という気持ちでつとめたいと思っています。
 「道成寺」といえば、本公演でつとめさせていただくのは平成10年名古屋・御園座公演以来になりますが、この間に映画「娘道成寺〜蛇炎の恋」に出演させていただき、そのご縁で“ 420 年ぶり道成寺釣り鐘里帰り奉納歌舞伎”として奉納披露させていただいたことも忘れられません。この 2 月には、その思い出深い和歌山県日高川町の道成寺に、 5 月公演成功祈願のためにお参りに伺いました。遅い時間だったにもかかわらず、大勢の地元の方々がお出迎えくださり、一昨年雨の中で決行した奉納舞踊を「見ましたよ」と口々 におっしゃっていただき、本当に感慨無量でした。本堂に響く読経の中で、 5 月公演に臨む新たな緊張感と意気込みが沸いてきたように思います。
 「道成寺」という舞踊は舞台を御覧いただくとわかるように、綺麗で優雅で華やかさ一色の世界ですが、演じる側からは、出と引っ込みを繰り返す中で常に高いテンションを保ちながら踊り続けなければならない、かなりのエネルギーを要するものです。今振り返りますと、歌右衛門のおじは度々演じてきた中で、いつの時も変わらず、崩さず、年齢を重ねながら一線を保ち続けた凄さというのは、敬服するより他ありません。父 芝翫もまた、「道成寺」を大切にしてきました。父が「道成寺」を踊るという月は、公演前から家中が大変緊張したものです。平成12年 9 月に踊り納めをして、今はもう「道成寺」を踊ることはありません。もちろん今でも踊ることはできると思いますが、自分の納得いく踊りができないというんです、つまりそのぐらい体力も精神力も必要な踊りだということです。そうした中で、私が追い求める道成寺というのは、今のこの年代で表現できるものを、全力で演じたいというのが偽らざる気持ちです。
 ところで、今月の演舞場歌舞伎公演は、吉右衛門の兄さんを中心に、若い役者の皆さんと共に勉強の場にしたいということから実現したものです。演舞場としては、5 月に歌舞伎がかかるのは実に 23 年ぶりです。演目も、私がお辰をつとめさせていただく「夏祭浪花鑑」、吉右衛門兄さんの「石川五右衛門」、楽しいお芝居の「松竹梅湯島掛額」、また書き物あり、舞踊ありとバラエティーに富んでおり、歌舞伎初心者の方にも肩肘張らずに楽しんでいただける内容です。今後も、こうした主旨で毎年 5 月の演舞場をぜひ続けていかれたらと思っています。そんな思いもありまして、今回、芝雀さん、亀治郎君と 3 人で、夜の部終演後に<女形の夕べ>と題したトークショーを開催(5/6、5/12の 2 回)することにしました。こういう企画も同様に続けていきたいと思っています。
 今月は団十郎の兄さんが復帰された団菊祭大歌舞伎もありますし、出演者一丸となって頑張りますので、皆様のご来場をお待ち致しております。

九代目中村福助

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福助気ままに語る(2006年4月1日)

 桜の季節になりました。先月の「吉野山」も、いちめんの桜の中での道行でしたが、皆様、楽しんでいただけたでしょうか?
 さて、4月の歌舞伎座は、六代目歌右衛門のおじの五年祭追善興行となります。今まで色々なところで何度もお話していますが、私が歌舞伎の世界に飛込んでいちばん最初に心を打たれたのが、おじが演じた「積恋雪関扉」の小町姫と墨染でした。小町の心情や墨染の仕方噺が本当に分かりやすくて、それで歌右衛門ワールドにハマってしまいました。その後、おじからは色々なお役を教えていただきましたが、岡本町のお宅に伺ってお稽古していただいたのは、「仮名手本忠臣蔵」のお軽が最初です。あの頃は私も怖いものなしで、色々と調べて行ったものですが、それに対しておじは、「そんなことはどうでもいいんだよ。勘平さんだけ好きだったらいいんだよ」って。非常に的確な言葉が返ってきました。おじは、型にこだわるようでいて、型から型に移るときにとても心が自由でした。それも、ひとえに台本をしっかりと読み込んでいるからで、役の捉え方が非常に深い。だから観る側にとっても、物語や心のうつろいがわかりやすいんですね。人に厳しかったとよく言われますが、それは、歌舞伎を守っていかなければいけない、伝えていかなければいけないという気持ちが強かったからだと思います。もちろん自分にも厳しくて、自分の台詞だけでなく台本全部を覚えているような方でした。やはり、それだけ責任感強くつとめていらしたのだと思います。
 夜の部の「井伊大老」は、歌右衛門のおじにとって歌舞伎座の最後の舞台(平成8年4月)となった演目ですが、併せて思い出すのは、白鸚のおじさまとの最後の舞台(昭和56年11月)です。おじさまが体調を悪くされて、翌日から(息子の)吉右衛門さんに替わるというとき、歌右衛門のおじと白鸚のおじさまとは、舞台の上で、本名の河村藤雄と藤間順次郎になって、共に生きてきた芸の道、芝居の道をふたりで分かりあっているような、すべてを超越したような空気でした。舞台で涙流すなんて役者じゃないっていつもおっしゃってたけど、あのときは熱いものがありましたね。
 今月昼の部の「狐と笛吹き」は、歌右衛門のおじが昭和27年に初演した北條秀司先生の作品で、私がともね役をつとめさせていただくのは、歌右衛門一年祭追善に次いで2度目となります。“命を助けてもらった狐”の娘という設定が切ないですね。梅玉兄さんとお話して、春方とともねの心情により焦点を当てた演出となりますので、御期待ください。夜の部は、「伊勢音頭恋寝刃」の万野を初役でつとめさせていただきます。「伊勢音頭」は、おじが万野、私がお紺をやらせていただいた舞台(平成4年10月名古屋御園座)で、生涯ただ1度、1回だけ「今日はよかったよ」と誉められた思い出があるものです。その私が万野を演じると聞いて「私の五回忌でお前さんがやるのかい?」っておじも笑っているのではないでしょうか。
 また、先月25日から今月の28日まで、早稲田大学演劇博物館で、歌右衛門展が開催されています。歌舞伎座と併せて、そちらにも是非お出かけください。  では、皆様、歌舞伎座でお会いしましょう。

九代目中村福助

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福助気ままに語る(2006年3月1日)

 先月は「一谷嫩軍記 陣門/組打」を見ていただいて、ありがとうございました。この演目に関しては、今までとは違う解釈の演出に対し、新聞でも何度か取り上げられ、様々な意見が飛び交っていましたね。
 ひとつは、熊谷直実が小次郎(実は敦盛)を連れ出したとき、その顔を客席の皆さまにお見せしたというのが、新解釈でした。そもそもこの作品のキーポイントは、実際にどこで小次郎が敦盛に替わったかということだと思うのですが、これは原作者の並木宗輔も何も書いていません。本行の文楽でも、どこで替わったのか、お人形だから分かりませんしね。私は、色々な方がさまざまな意見を論じていることはいいことだと思うので、そういう中で、今回の幸四郎の兄さんのやり方は、それも1つの解釈としてあると思っています。実際に小次郎をつとめさせていただいて感じたことですが、戦陣に出ていったときには、まだ熊谷から計略を打ち明けられていないのかもしれないし、浄瑠璃に「上臈都人は情けも深く〜」とあるように、説得されているのかもしれないと…。どちらにしても、どの時点で小次郎が敦盛に替わったのかを特定するのは難しいところですね。
 もうひとつ、「遠見」に関しては、先月のこのコーナーでもお話したように、従来なら遠近法によって子役が演じるところを、今回は我々がそのまま馬上で戦うかたちにしました。これについても色々論じられ、「遠見」がないのは演出として間違っているという評も目にしました。今回私は初役ですし、解釈に関して断定することはできませんが、「遠見」がない方が私は好きです。確かに歌舞伎独特の手法でお客さまを和ませることは出来ますが、もっと大事な、親子の葛藤や感情の紆余曲折といった部分を出すためには今回の方法もあっていいと思います。だからといって「遠見」を廃止してしまうということではなく、伝統的な「遠見」の考え方もあっていいと思います。その時々の解釈でやれることが歌舞伎の良さではないでしょうか。
 さて今月は、「陣門/組打」に続き、幸四郎兄さんと「吉野山」でご一緒させていただきます。静は、猿之助のお兄さんのお相手を歌舞伎座でつとめさせていただいた最初の大役で(もちろんその前に「當世流小栗判官」に出させていただいていますが)、その後、何度もやらせていただき、私の中でもとても思い入れのあるお役です。静はとても悲しい運命の女性で、この道行も恋人同士ではない、主従関係の旅です。静は我が君(義経)を想い、忠信は初音の鼓を守っているという本当に数奇な道行ですが、そこに何ともいえない遠慮の気持ち、ひいては人間と狐の何ともいえない悲哀があります。その悲劇に吉野の満開の桜が華やかに映えて、「弥生は雛の妹背仲、女雛男雛と並べて置いて〜」と二人で並ぶところは、清元のとても素敵なところです。物語も、平家の悪七兵衛景清と三保谷四郎との錣引きの武勇伝などはっきりわかると、もっと面白いですよ。
 余談になりますが、先月は比較的時間がありましたので、色々なお芝居を観て楽しんできました。勘三郎の兄の「ヨイショ!の神様」、シベリアに抑留された男性の実話を基にした「クラウディアからの手紙」、野田秀樹さん脚本・演出の「贋作罪と罰」、市村正親さんの「屋根の上のヴァイオリン弾き」やパルコ劇場の「ラブハンドル」他、数え切れません。普段なかなか観られるチャンスがないので、ここぞとばかりに“観溜め”しているんです。今月も時間があれば、色々と観に行きたいと思っています。
 では、皆様、花粉症にお気をつけて。歌舞伎座でお待ちしています。

九代目中村福助

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福助気ままに語る(2006年2月1日)

 寒い日が続いていますが、皆さま、お元気ですか?
 1月は、鴈治郎のおじさまの坂田藤十郎襲名披露に出演させていただきました。色々な演目が並ぶ中で、「伽羅先代萩」など、本業の文楽を取り入れた解釈をされて、とても素晴らしかったですね。若い者に負けられないというバイタリティも凄くて、役者に年齢はないということを、おじさまとご一緒させていただいて、我々も感じました。

 さて、2月の歌舞伎座は、昼の部の「一谷嫩軍記 陣門/組打」で、熊谷小次郎と平敦盛のお役を初役でつとめます。この演目で思い出すのは、歌舞伎座で、今の藤十郎のおじさまが三代目鴈治郎を襲名なさったときの舞台(平成2年11月)です。播磨屋の兄さん(吉右衛門さん)が熊谷直実、勘三郎の兄(当時:勘九郎)が敦盛という配役で、私は、玉織姫をやらせていただきました。それ以来ということになります。私としては、玉織姫までで、とても小次郎、敦盛をやらせていただくとは思っていませんでしたので、正直びっくりしております。
 このお芝居は、皆さま御存じのように、後に「熊谷陣屋」があって、その発端になるものです。色々な随筆にも書かれているように、この「組打」で首を討たれたのが、敦盛だったのか、小次郎であったか、というのは、永遠のテーマになっています。多くの評論家の方々の中には、観客を欺くトリックだと言う方もいれば、そうではないという意見もあり、昔から色々な議論が交わされきた題材です。また、五代目菊五郎の型を踏襲した六代目菊五郎の口伝によると、あくまでも敦盛の心でつとめながら、2カ所だけ、熊谷と敦盛が顔を見合わせる僅かのとき(浄瑠璃の「熊谷はハッとばかりに〜」)と、熊谷が敦盛の首を刎ねようとするとき(「玉のようなる〜」)だけ、小次郎の顔になるとなっています。このように、色々な解釈がありますが、でもここは、やはり肚は小次郎でいかないと、後の「陣屋」に繋がっていかない。「陣屋」がある以上、敦盛で討たれるというよりも、小次郎で討たれる方が、私としては理があると思います。
 また、今回、従来と違う趣向を試すことになったのが、遠見の場面です。ここは従来ですと子役が熊谷と敦盛を演じていたのですが、それをせずに、我々が騎乗で立ち回りをすることにしました。非常に息の詰まる芝居で、この遠見で子役が出てほっとするということもあると思いますが、切ない義太夫通りやってみるというのも1つの考え方で、今回は、それでいくことになりました。賛否両論あるかとは思いますが、色々なやり方ができるのが、歌舞伎のよさではないかと考えています。
 初心者の方には少し難しい芝居かもしれませんが、「陣屋」を御覧になっている方には分かりやすいのではないでしょうか。義太夫もとてもきれいなので、それが分かると、本当に面白いと思います。
 今月の演目にちなんで、今回は、父・芝翫と祖父・五代目福助が、それぞれ小次郎・敦盛をつとめたときの若い頃の写真を並べてみました。
 なお、最後になりましたが、1月にお休みをいただいた父の体調もすっかりよくなりまして、2月には昼の部の「お染久松浮塒鴎」で、元気な姿を皆さまにお目にかけます。ご心配をおかけして申し訳ありませんでした。また、大勢の方からのお見舞い、激励のお言葉、ありがとうございました。この場を借りまして、御礼申し上げます。
 寒い日がまだまだ続きますので、皆さまも風邪にお気をつけて、歌舞伎座にお出かけください。お待ちしております。

九代目中村福助

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福助気ままに語る(2006年1月5日)

 皆様、新年おめでとうございます。
本年もどうぞよろしくお願い申し上げます。

 1月は、坂田藤十郎襲名披露の歌舞伎座で、皆様にお目にかかります。藤十郎こと鴈治郎のおじさまとは、なかなかご一緒できる機会がないのですが、それでも、「雁のたより」(平成10年1月 大阪松竹座)でご一緒させていただき、いい勉強になったことを覚えています。また、「葛の葉」「嫗山姥」をつとめさせていただいたときも、おじさまからいろいろとお話を伺いました。おじさまは、近松座を立ち上げて20年以上の実績もおありになるし、歌舞伎界では近松(門左衛門)研究の第一人者でいらっしゃる。人形浄瑠璃、義太夫物に非常に通じていらして、その良いところを歌舞伎の中に取り入れようとなさっている方なので、私も一緒に学ばせていただいています。
 昼の部は、初役で「奥州安達原」の袖萩をつとめます。このお役は、曾祖父(五代目歌右衛門)の『歌舞伎の型』という本には残っているのですが、五代目歌右衛門、六代目歌右衛門、父(芝翫)も1度しか演じていません。成駒屋に縁がありそうで、今まであまり機会がないんです。大体、この芝居自体があまり上演されない、ということもありますね。夜の部では、「島の千歳」をつとめます。これも、舞踊の会では踊っていますが、歌舞伎座では私は初めて。舞踊の中村流では大切な芸ですので、姉の中村光江の振付けで、父が監修ということになると思います。お正月のお祝にふさわしいものですから、古典的な踊り方で舞いたいですね。
 ところで、皆様御存じのように、父が今月は病気休演させていただいております。関係者の方々やファンの皆様に御迷惑をおかけし、また御心配もおかけして、大変申し訳ありません。それほど大ごとではなく、いつも若く元気なのですが、少し疲れが出てしまったようです。お医者さまの言われる通り、あまり無理させずに、少し静養させていただくことにしました。父の代わりに昼の部の「万才」を、扇雀さんとつとめさせていただきます。

 それにしても、今年は、各劇場がお正月から華やかで、楽しみですね。国立劇場、浅草歌舞伎、大阪松竹座も見応えのある狂言が並んでいますし、歌舞伎ではないですが、海老蔵くんの「信長」、三津五郎さんの「獅子を飼う」もあります。そして3月には、三谷幸喜さんのパルコ歌舞伎、串田和美さんのコクーン歌舞伎。このように歌舞伎の触手が広がって、色々な方が観に来て下さるようになれば、本当に嬉しいです。
 私も、今年は古典を大事にしつつ、新しいものにも、もっともっと挑戦していきたいと思っています。
 それでは、皆様、歌舞伎座でお会いしましょう!

九代目中村福助

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福助気ままに語る(2005年12月1日)

 先月28日、早稲田の大隈講堂で「女と影」を上演いたしました際には、本当に大勢の方に来ていただきました。祖父が私に与えてくれた大きな課題でしたが、多くの皆様の協力を得て、やり遂げることができました。お世話になった方々、そして大隈講堂に足を運んで下さった多くの方々に、改めてお礼を申し上げます。
 さて、今年の最後は、歌舞伎座で勘三郎の兄たちとつとめさせていただきます。私が出演するのは、昼の部の「弁慶上使」と夜の部の「重の井」。どちらも、曾祖父(五代目歌右衛門)の『歌舞伎の型』という本にも掲載されている、成駒屋にとって、とても大切な芸です。
 「弁慶上使」は、非常に思い入れのある芝居です。歌舞伎役者に専念して、最初にいただいた大きなお役が、しのぶだったんです。これは、弁慶が生涯たった1度、おわさという女性と契ったために子供ができて、その子しのぶが、平家出身の卿の君の身替わりになって父に切られ、弁慶が生涯1度だけ泣いたというお芝居です。しのぶと卿の君は、何度かつとめさせていただいてますが、今回、おわさをつとめるのは初めて。まだ早いかなという気持ちもありましたが、大変ではあるけど、とても楽しみです。
 「重の井」は今まで私はあまり縁がなかったのですが、弟の橋之助は、子役時代に歌右衛門のおじ、梅幸のおじさま、そして父・芝翫とさせていただき、とても大事にしている作品です。父が重の井をつとめた昨年は、国生が三吉をつとめました。一生懸命がんばってましたね。私が重の井をつとめるのは、今回が3度目になりますが、初めて、児太郎が三吉をつとめさせていただくということで、気持ちを引き締めています。児太郎は、最近、急に背が伸びました。小学校6年生ですし、子役もこれで最後ではないかと思います。私も今まで児太郎と一緒に出たことが本当に少なくて、1度、自分の子供と同じ舞台をつとめ、台詞を交わすということも経験しておきたいという思いがあります。三吉の年齢は11歳で、ちょっと分別がついてきた子供の悲劇なわけです。ですから、年齢的には児太郎とちょうど合っているので、分別がついた哀しさというものを出せればいいかなと思っています。
 ところで、公式サイトを立ち上げて、もうすぐ1年。ファンの皆様からの応援メッセージもたくさんいただき、とても励みになりました。
 色々なことをやらせたいただいた今年の中でも、やはり大きかったのは、シアターコクーンで「桜姫」をつとめたこと。また、「女と影」の公演、芸術院賞を頂いたこと、それと、火曜サスペンスの「中村歌留多」もありました。古典も「勧進帳」をはじめ、色々なものに踏み込めたし、私にとって、得るものの多かった、とても充実した1年でした。その中で、何といっても、勘三郎の兄の襲名は大きかったですね。私のことだけではなくて、菊之助くんの「十二夜」「児雷也豪傑譚話」をはじめ、野田秀樹さんが勘三郎襲名披露の中に取り上げられたり、串田和美さんが歌舞伎座にデビューしたり、歌舞伎全体が大きく動いていることを実感させられた1年でもありました。来年はどういう年になるのか、本当に楽しみです。
 皆様、今年1年、本当に御声援、ありがとうございました。また、来年も、よろしくお願いいたします。

九代目中村福助

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福助気ままに語る(2005年11月1日)

 秋も深まってまいりましたが、皆様、お元気ですか?
 先月、今月と、舞台はお休みをいただいておりますが、今は、今月28日の「女と影」公演に向けて、準備を進めています。「女と影」については、先月もここでお話しましたように、フランスの詩人で駐日大使だったポール・クローデルが祖父の五代目福助の依頼で書き下ろした作品で、大正12年3月の第2回「羽衣会」で1回だけ上演されたものです。今回、クローデル没後50年企画として、父のところにお話が来たのですが、同じ名前を継いでいる私がやらせていただくことになったものです。
 祖父自身、若くして亡くなっていますが、他にも「マグダラのマリア」や「九條武子夫人」など、新しいものに挑戦する進取の精神を持っていた人でしたから、それでクローデルの作品に惹かれていったのかもしれません。「女と影」は内容的にも斬新で、鏑木清方の美術も含めて、当時としては画期的な舞台だったと思います。内容に関しては「女と影」のHPをご覧いただくということで、今回、再演にあたっては、作品をもっと掘り下げてみたいということもあり、音も含めて全部改めました。以前は長唄でしたが、今回は、常磐津文字兵衛さんが、十七絃、琴、三味線、尺八、笛、打ち物などを使って作曲してくれて、素晴らしいものが出来上がりました。韓国のチャンゴという太鼓を使った音楽もあって、これは、芸大の邦楽科の方々の協力で、先日録音が終わりました。また、“月”を演じてくださる和栗由紀夫さんが振付けされる舞踏の部分もあります。美術は、猿之助さんのスーパー歌舞伎や「NINAGAWA十二夜」を手がけた金井勇一郎さんです。大体、クローデルの戯曲は哲学書のように難しく、なかなか受け入れてもらえないんですが、今回は、舞踏であり、歌舞伎であり、藤間勘十郎さんが振付けされる日本舞踊もありで、常磐津節や邦楽器も使って、観客の皆さんに色々と考えてもらう舞台にしたいと考えています。私たちが提案を投げかけて、観終わってから皆さんがお話しながら帰っていただければ、大成功だと考えています。また、早稲田の大隈講堂でやらせていただくのも楽しみです。ここは設備も何もない空間で、演出する身としては大変ですが、ここで大隈先生が講議したのだろうかというような、歴史を感じる、不思議な空間でもあります。そういう特性を生かして、ここでしかできない仕掛けも考えています。
 余談になりますが、クローデルの戯曲を読んでいると、日本の“靄(もや)”がよく出てきますが、それで、面白い体験をしました。実は、日本シリーズ初戦の千葉マリンスタジアムに行ったんですが、あのとき、御存じのように、靄で試合中止になってしまいました。でも、実際に靄を見て、誰の力も及ばない自然の力の大きさというものを感じて、ああ、こういうことだったのか、クローデルはこういうものを感じていたのかと身をもって体験できた。だから、阪神は負けたんだけど、私としては結構満足して帰ってきたわけなんです。
 そういうわけで、この「女と影」は、祖父が私に与えた課題だと思って、今、頑張って取り組んでいます。古井戸先生、中條先生をはじめとするスタッフの方々、プログラムからHP作りも含めて芝居制作に若いパワーを発揮してくれる早稲田の学生さんたちも一生懸命やってくれています。全員でいい舞台にしたいと思っていますので、皆さん、当日をお楽しみに!

九代目中村福助

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福助気ままに語る(2005年10月1日)

 9月も終わり、ようやく秋らしい季節になり、ほっとしております。早いもので今年もあと3カ月になりました。1月に歌舞伎座と演舞場の掛け持ち公演から始まり、テレビドラマの撮影、兄 勘三郎の襲名、シアターコクーンなど息つく間もなく時がたちました。10月・11月と、珍しく2カ月続けてお休みを頂きます。家族サービスはもちろんのこと、芸術の秋・スポーツの秋ですからお芝居を拝見したり、思う存分ゴルフを楽しんだり、普段、舞台出演中にはできないことをいろいろ頑張り、今から楽しみでなりません。
 11月は、秋の彩りも鮮やかな那須高原で身近にお目にかかります。那須では、私の弟子・中村福太郎のご両親が中国料理のお店「寺子屋」を営んでおります。お父様は東京の有名ホテルで中国料理の料理長を長年勤めた後、このお店をオープンされました。私たち家族も「寺子屋」の味の大ファンで、休みを利用しては食事もかねて、那須のおいしい空気を楽しみにでかけます。そんなご縁でお招きを頂き、那須でささやかな会を催すことになりました。当日は、「藤娘」をご披露させていただきます。また、皆様との語らいのひとときを私も楽しみにしておりますので、是非ご参会ください。
 また、11月28日にはフランスの詩人ポール・クローデル作の舞踊詩劇「女と影」の上演がございます。この作品は、今から約80年前にクローデルが駐日大使をされていた頃、私の祖父である5代目福助が主宰する「羽衣会」のために書き下ろしてくださったものです。このたびはポール・クローデル没後50年という節目にあたり、早稲田大学「演劇研究センター」のプログラムとしての研究上演で、構成・演出・主演が決まりました。常磐津文字兵衛さん(音楽監督)、藤間勘十郎さん(振り付け・出演)、古井戸先生(本公演ドラマトゥルグ)、中条先生(本公演監修)、鈴木英一さん(補綴)はじめ、スタッフの皆さんと共に只今、試行錯誤しながら上演に向け研究を続けております。どうぞ、ご期待ください。

九代目中村福助

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福助気ままに語る(2005年9月1日)

 今年の夏は、暑かったですね。
 夏の恒例となった8月の納涼歌舞伎は、今回も「法界坊」をはじめとして大いに盛り上がりました。連日、大勢のお客様にいらしていただき、本当にありがとうございました。
 さて、休む間もなく、9月も歌舞伎座に出演いたします。
昼の部は、まず「菅原伝授手習鑑」の「賀の祝」。最初に八重役をつとめさせていただいたのは、21歳のとき(昭和56年)、国立劇場の(2カ月連続の)通しでした。菊五郎兄さんの桜丸、団十郎兄さん(当時 海老蔵)の松王、勘三郎兄さん(当時 勘九郎)の梅王で、白太夫は羽左衛門のおじさまでした。そのとき、「寺小屋」の小太郎役で出ていたのが、可愛い坊やだった獅童君。楽屋が一緒で、毎日、楽しかったですよ。それ以後、八重だけでなく、千代も、春も、女房役は全部つとめさせていただいてます。それぞれにやりがいのある、好きな役です。この作品は、松王、梅王、桜丸という三つ子の悲劇がよく描かれているお芝居で、特に「賀の祝」では三つ子の父親・白太夫が大きい役なので、それを引き立てる辛抱役として八重をつとめています。
 次の「東海道中膝栗毛」は、有名な弥次さん喜多さんの納涼劇で、私は、女スリの“投げ節お藤”。これは幕が開いてのお楽しみ、ですね。
 夜の部は、「勧進帳」の義経を久しぶりにつとめます。義経は、九代目団十郎が所演の弁慶で、曾祖父(五代目歌右衛門)が義経を演じたこともあって、家にとっては大切な役で、義経の心得書きがあるぐらい。ずっと大事に務めてきました。今回は、私が襲名披露で義経を演じたとき(平成5年:大阪中座)と同じ、吉右衛門兄さんの弁慶役なので、楽しみです。児太郎も、播磨屋の兄さんが弁慶ということで、自分からやりたいと言い出して、今回初めて、太刀持音若をやらせていただきます。
 それから、父が玉蟲役を演じる「平家蟹」も、是非、見ていただきたい演目。岡本綺堂のこの作品は、平家滅亡後の官女を描いた、とても哀れな物語ですが、今の時代にはちょっと難しく、理解しにくいところがあるんです。そこを分かりやすく演出したいと、父の発案で、白石加代子さんに朗読をしていただきます。白石さんは、御存じのようにNHK大河ドラマ「義経」でナレーションもされています。私は出演はしませんが、色々とアイデアを出したりしています。きっと面白いお芝居になるはずですから、ご期待ください。このように、成駒屋の総帥である父が、歌舞伎の新しい息吹を感じて、自分から腰を上げて本格的に動いてくれるのは、凄いことだと思うし、私たちにとっても心強い。しかもこれが、今回1回きりの演出でなくて、後に繋がる演出になったら、本当に素晴らしいなと思います。父にとっては、お元気な京屋のおじさま(雀右衛門)、同世代で襲名を控える鴈治郎のおじさまの存在も刺激になっているようです。
 こうして見ると、夜の部は一見、地味そうだけど、新趣向の「平家蟹」の後に「勧進帳」があるというのがまた素晴らしいし、そして「忠臣蔵外伝」の「植木屋」がありで、実はとても面白い演目揃いです。
 少し涼しくなる9月、是非、歌舞伎座に足をお運びください。
 お待ちしています!

九代目中村福助

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福助気ままに語る(2005年8月1日)

 今年も暑い夏がやってきました。皆様おかわりございませんか?
 7月は4年ぶりに大阪松竹座に出演をし、久しぶりに大阪ミナミの暑い夏を過ごしてまいりました。今年は阪神タイガースも順調で、これからが大変楽しみです。
 野球といえば、今年は大阪ドームで野球をして来ましたよ。
 大阪の知り合いで、アラビヤコーヒーのマスター高坂明郎さん率いる「アラビヤベースボールクラブ」と松竹座出演の歌舞伎役者有志チームの試合が、実現したんです。高坂さんのお母さんは、戦後の女子プロ野球団「大阪ダイヤモンド」の野球選手で、今回特別参加で50年ぶりのマウンドとなりました。
 公演終了後ドームに集合、午後9時50分プレイボール!三津五郎さんの監督をはじめ、翫雀君、扇雀君、橋之助、孝太郎君、染五郎君やお弟子さん、小道具さん、床山さんなどの有志混合チーム。僕も、大阪ドームのグラウンドに入場できるとあって、家族で応援の気分で参加したものの、ドームに足を踏み入れた瞬間の吸い込まれるような気分に、思わず闘志が湧いてきました。しっかりバッターボックスとファーストを体験してきました。途中からは、児太郎、国生、宗生も加わって一点差まで追い上げたものの、さすがに毎週試合をこなすチームにはかないませんでした。あっという間の2時間でしたが、熱中しましたね。公演中にスポーツをすることなど滅多にないことで、試合の勝ち負けはともかく、本当にストレス解消になりました。
 さて、8月は恒例の3部制の納涼歌舞伎です。
 勘三郎襲名、蜷川演出の「十二夜」で盛り上がった歌舞伎座の余韻をそのまま引き継いで、頑張ります。女形の大役である三姫のひとつ、「金閣寺」の雪姫をつとめさせていただきます。2部では、三津五郎さん初役(福岡貢)の「伊勢音頭恋寝刃」で、お紺をつとめます。3部は、串田和美監督演出の作品「法界坊」が歌舞伎座で初めて上演されます。串田戯場(ワールド)をお楽しみください。
 ご来場をお待ち致しております。

九代目中村福助

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福助気ままに語る(2005年7月1日)

 6月は、連日、大勢の方に「桜姫」の舞台を見ていただき、本当にありがとうございました。皆さま、楽しんでいただけたでしょうか?今後もコクーンの火を消さないために、さまざまな可能性にチャレンジしていきたいと思っています。
 さて、その興奮と感動も冷めやらぬ中、今月は、大阪松竹座で、勘三郎襲名披露に再び参加させていただきます。松竹座は平成13年(2001年)7月に「お染の七役」で出演して以来ですから、本当に久しぶりです。
 大阪は大好きなところです。大阪のお客さまは、とても燃えやすくて、面白いものは面白い、つまらなものはつまらないと、反応が正直ではっきりしています。だから、そういうお客様の前で「研辰」をかけるのが、すごく楽しみです。歌舞伎座でやったのとはちょっと違う大阪用の演出、と言っても、本当にちょっとしたことなんですが、野田さんも考えているみたいで、これは絶対に大阪のお客様に喜んでいただけるはず。
 また、「伊賀越道中双六」の「沼津」も楽しみです。この演目は、<曽我兄弟><赤穂浪士>と並んで日本三大仇討ちの1つである<荒木又右衛門>を題材にした、とても面白い物語です。この<お米>役は私のとても好きな役で、ずっと昔、児太郎時代に巡業で演じさせていただいたことがあります。そのときは、亡くなった河内屋のおじさま=實川延若さんの平作に、播磨屋の吉右衛門のお兄さんの十兵衛でした。他に私が拝見しているのでは、先代鴈治郎のおじさまの十兵衛、中村屋のおじさん(先代勘三郎)の平作、父(芝翫)のお米という舞台も素晴らしかった。また、先代鴈治郎のおじさまの一周忌追善のときに、中村屋のおじさんの平作、歌右衛門のおじのお米、当代の鴈治郎のおじさまが十兵衛という組み合わせも、よかったですね。その舞台で、十兵衛の引っ込みのときに提灯が燃えてしまって、驚いたことがありました。
 もう1つ、「宮島のだんまり」という演目があります。これは、暗闇の中で色々な役柄の人たちが渡り合うという、歌舞伎の様式的なものですが、今月はこれが<口上>になっていますので、豪華なものになると思います。
 大阪に来ると、やはり、B級グルメと言ってしまったら、怒られるかもしれませんが、お好み焼きとか焼肉が美味しいですね。でも「研辰」が終了するのが午後9時ですから、それから出かけるのは無理かもしれません。地方に出かけると、朝から夜までずっと楽屋で、あとはホテル暮らしというのが、いつものことです。阪神ファンの私としては、甲子園球場にも行きたいところですが、今回は無理かもしれませんね。
 7月は、歌舞伎座で「十二夜」もあります。シェークスピアの原作が蜷川幸雄さんの演出で歌舞伎になるなんて、本当に凄いことです。菊之助くんもずいぶんと勇気がいったことだと思いますが、できれば、松竹座を終えてから、千穐楽にでも駆けつけたい気持ちです。
 皆さんも、今月は松竹座と歌舞伎座を、是非、掛け持ちしてください!

九代目中村福助

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福助気ままに語る(2005年6月1日)

 6月になりました。いよいよ、シアターコクーンでの「桜姫」が始まります。
 鶴屋南北の原作は、吉田家のお家騒動と人間の愛憎劇が両輪で動いていく、とても面白いお芝居です。私もこれまでに、郡司正勝先生の補綴本を読ませていただいたり、他の役者さんの舞台を拝見して、いつか自分で演じたいと思っていました。その作品を、串田和美さんの演出で、コクーン歌舞伎で上演できるのは、本当に嬉しいことです。やるからにはコクーンならではの桜姫をということで、それほど深い意図はないのですが、本外題「桜姫東文章」を「桜姫」として演らせていただきます。本来はとても長いお芝居ですが、それを3時間弱ぐらいにまとめるために、お家騒動より、そのお家騒動によって、肩書きを失脚した人間の生きざまそのものに重点を置いています。そこには、桜姫と清玄、釣鐘権助の三角関係だけでなく、桜姫を取り巻く色々な人たちのドラマがあります。弥十郎君演じる役僧残月と扇雀さんが演じる局長浦も、運命の渦に巻き込まれて、自分ではどうしようもないところまで堕ちていってしまう。さらに、勘太郎君演じる入間の悪五郎、七之助君の粟津七郎なども絡んでくる。南北は、どんな肩書きの人間にも秘密があるということにこだわって描いています。
 串田さんはコクーンの芸術監督でもあり、あの劇場の特性を知り尽しているので、今回も、コクーンの空間を生かして、細かく演出プランを組み立てています。また、彼は役者でもあるので、役者の特性を生かした芝居を作るのがとても上手い。串田さんの演出というと、そこに出てくる火とか水とか、そういうものばかりが話題になりがちですが、実は、演出テクニックで驚かすわけではないんです。「三人吉三」でも、ラストの大量の雪の効果などに皆さんは驚くけれど、そこに至るまでには、登場人物の深い心理描写が緻密に積み上げられているわけです。今回もそれは同じで、「桜姫」という戯曲が生きるような芝居作りがなされています。コクーン歌舞伎のいいところは、前のをなぞるのではなく、新しい“書”を書きだせること。それが、ペンでも毛筆でもマーカーでもいい、でも表わす字は「桜姫」、ということ。特に今まで上演回数が圧倒的に少なく、決まった型もあまりないので、皆で創っていく喜びがあります。
 私自身、桜姫は初役ですので、特別な思いもありますが、歌右衛門の叔父は、「2度目、3度目をがんばれ」と常々言っていたものです。だんだんその言葉の意味もわかってきましたが、それがよく表れていたのが、先月の「研辰」の再演です。2度目に懸けた野田さんの執念を強く感じました。とにかく芝居は面白くないといけません。
 そういうわけで、今月は「桜姫」、少ない人数でスクラムを組んで、他の劇場に負けないパワーで頑張っていきたいと思っています。
 皆さん、コクーンに何度も足を運んでいただいて、桜姫の世界を堪能してください!

九代目中村福助

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福助気ままに語る(2005年5月2日)

 5月に入り、十八代目勘三郎襲名披露公演も、ますます盛り上がってきましたね。今月は、古典から新しいものまで、多彩な演目が並び、出演させていただく私も、とても楽しみです。
 もう1つ、ぜひ観ていただきたいのが、私が初めて出演した「火曜サスペンス劇場」(5/17放送)です。私が演じるのは、中村歌留多という歌舞伎役者。弟弟子に殺人の嫌疑がかかり、やむを得ない事情で探偵となって、真犯人を突き止めるという展開です。この出演の経緯は、お話すると長いんです。ご覧になった方もいるかもしれませんが、先代の勘三郎のおじさまが出演なさったテレビドラマで、戸板康二原作の「名探偵雅楽登場」というシリーズがありました。歌舞伎役者の名探偵・中村雅楽が、身の回りで起こった殺人事件を推理して、事件を解決するというお話で、とても面白かったのを覚えています。もともと私は、映画も本も、推理もの、サスペンスものが大好きで、江戸川乱歩やエドガー・アラン・ポー、エラリー・クイーン、アガサ・クリスティー、それに黒川博行さんなどの大ファンです。
 ですから、「蛇炎の恋」が終わった後、今度はどんな映像ものをやりましょう、というお話になったときに、「雅楽」のようなサスペンスがやりたいとすぐに思ったのです。周りの方たちからも「それは面白そう!」と賛成していただき、話はとんとん拍子に進んでいきました。「雅楽」のように、ストーリーの中に歌舞伎に関連した素材を盛り込みたいと、内容も詰めていく中で、たまたま京都の南座がその時期、空いているということを知りました。それなら京都を題材にした歌舞伎をテーマに入れようと思いついたのが、「葛の葉」です。これがストーリーにどう関係してくるか、それは見てのお楽しみということで…。南座で実際に芝居をする場面もありますし、安倍晴明を祀っている晴明神社でもロケをしました。共演は、夏木マリさん、大谷直子さん、赤坂晃くん。それに、西村雅彦さんが女形に扮して、コメディパートを一手に引き受けてくれています。息子の児太郎も、夏木さんの息子役で、歌舞伎好きの少年・双六という役で出ています。クライマックスでは、私が「葛の葉」の扮装のまま、謎解きをします!

 1人でも多くの方が、こういうドラマを見て、歌舞伎に興味を持ち、舞台を見にきて下されば、こんな嬉しいことはありません。シリーズ化できたらいいですね。今回、南座で撮影ができましたが、日本全国には、知られていないけどいい劇場がまだいっぱいあるんです。そういうご紹介を兼ねながら、日本全国を旅して事件を解決していく中村歌留多というのもいいものじゃないでしょうか。
 それでは、皆さん、「火曜サスペンス劇場」をお楽しみに!

九代目中村福助

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福助気ままに語る(2005年4月1日)

 ようやく本格的な春がやってきましたね。
 さて、3月から始まった十八代目勘三郎襲名披露公演、連日、多くのお客さまがいらっしゃって、盛り上がっております。私も、親戚の1人として、こんなに嬉しいことはありません。
 新勘三郎の兄とは、生まれたときからの知り合いでしたが、18歳で舞台をご一緒して以来、20年以上も、公私共におつきあいさせていただいております。歌舞伎座8月の納涼歌舞伎からコクーン歌舞伎、平成中村座と、さまざまなものにチャレンジし続ける兄と、泣いたり、笑ったり、時には喧嘩をしながら、ここまでやってきました。
 古典から新しいものまで、兄は何でも意欲的に取り組んできましたが、中でも特筆すべきは、他の分野から当代の錚々たる演出家(串田和美さん、野田秀樹さん、渡辺えり子さん)を招いて、歌舞伎に新しい息を吹き込んだことではないでしょうか。特に串田先生との出会いは、私たちにとっても、大きな転機になりました。串田先生も勘三郎の兄も、芝居というのは、主役の役者だけでなく、脇役、端役に至るまで、ひとりひとりがいて成り立っているのだという考え方を、みんなに吹き込んだのです。私はこれを“串田イズム”と呼んでいるのですが、今ではこれが役者たちの間に浸透して、芝居への取り組み方が変わってきています。昨年12月の「今昔桃太郎」など、稽古期間が3日しかなかったにもかかわらず、あれだけのものが出来たというのは、やはり、全員が役になりきって、一生懸命取り組んでいたからだと思います。こうした役者の意識は、当然お客さまにも伝わります。勘三郎の舞台が多くのお客さまを惹きつけるとしたら、そういうものが基本に流れているからではないでしょうか。

 3月の<口上>で、私は、勘三郎に「天駆ける虹を懸けてください」と申しました。忘れもしません、平成中村座大阪公演の初日に美しい虹が空に懸かりました。当時、兄と私たちは、大阪公演が成功するのかどうか、不安な気持ちでおりましたが、あの虹がすべてを吹き飛ばしてくれたという思い出があります。だから、兄には、これからも歌舞伎の将来に、もっともっと素晴らしい虹を懸けていただきたいと思っています。

 4月、5月も素晴しい演目が続きます。特に5月は、染五郎君、松緑君、海老蔵君、菊之助君、亀治郎君など若手役者たちが大活躍します。どれも見逃せないものばかりですから、どうぞ、皆様、心ゆくまでお楽しみください。

九代目中村福助

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福助気ままに語る(2005年3月1日)

 皆様、お元気ですか?1月から始まったこの公式サイト、楽しんでいただいているでしょうか?
 1月は、歌舞伎座と新橋演舞場の掛け持ちという、例年にない忙しさで始まりました。「盲長屋梅加賀鳶」のお兼は初役でしたが、幸四郎兄さんのお相手で楽しくつとめさせていただきました。「御所五郎蔵」の皐月も初役で、団十郎兄さんの東京での復帰公演ということで、身の引き締まる思いでした。「土蜘」では、芝翫、児太郎と、新春から父子三代で出させていただき、とても幸せでした。2月の舞台は休ませていただいておりますが、3月は、いよいよ「勘三郎襲名披露」が始まります。

 十七代目の勘三郎のおじさまには、「水天宮利生深川」のお雪、「人情噺文七元結」のお久、「巷談宵宮雨」のおとらなど、娘役をさせていただき、芝居の心を教えていただきました。役の心を大切にされる、厳しい方で、うわべだけで言わないセリフ、また間の取り方など、多くの基礎を教えていただきました。
 「一本刀土俵入」のお蔦はずっと憧れの役でしたが、おじさまがそれを聞いて、「俺がやらせてやるよ!」と言ってくださったことがありました。それは結局叶わなかったのですが、「勘三郎1回忌追善」の歌舞伎座興行のとき、吉右衛門兄さんの茂兵衛、父のお蔦で「一本刀土俵入」が出ました。千秋楽の前の晩に父が高熱を出してしまい、その公演には出ていなかった私が急きょ代役をつとめることになりました。必死でセリフを覚えて、楽屋に入ったとき(その時は父と勘九郎の兄が一緒の楽屋でした)、壁に飾られたおじさまの大きな写真が微笑んでいらっしゃいました。勘九郎の兄が、「どうだ、親父は間がいいだろ」って…。
 おじさまの思い出は尽きません。とても洒脱で、人情家でいらして、祖父の五代目福助のことを大好きでした。そのおじさまの名跡を勘九郎の兄が継ぐということは、本当に感慨無量です。
 3月の公演では「盛綱陣屋」の篝火をつとめます。息子の児太郎も小四郎役で出させていただきます。皆様にも、これから始まる襲名興行を大いに期待していただきたいと思っています。

九代目中村福助

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皆さん、こんにちわ。
 私、中村福助の公式ウェブサイトが、ようやくオープンの運びとなりました。これからは、このサイトを通して、ファンの皆様にお目にかかり、公演スケジュールや私の近況などを御報告できることを大変嬉しく思っています。それと同時に、歌舞伎を御覧になっていない方にも、このサイトを入り口にして、歌舞伎に親しみを持っていただけるきっかけとなればと思っております。

 昨年1年間、様々な演目をやらせていただき、ひとつひとつが忘れられないものばかりですが、その中でも、ひときわ大きな出来事は、祖父五代目中村福助の70年祭追善公演を歌舞伎座でやらせていただいたことです。父の芝翫にとっても、自分の父の70年祭を実現することができたということで、去来する思いはさまざまにあったと思います。私が追善狂言でつとめさせていただいた「一本刀土俵入」のお蔦は、長谷川伸先生が書き下ろされた初演時に、茂兵衛をおつとめになった六代目(菊五郎)のおじ樣から祖父が指名していただいたお役です。今回は、勘九郎の兄の胸を借り、初演時の孫同志でつとめさせていただきました。また、その公演で甥の宜生が初舞台の披露をさせていただいたことも、とても有り難いことでした。
 そして、映画「娘道成寺 蛇炎の恋」への出演も、私の中では特別な思いがあります。成駒屋の大事な演目である「道成寺」は私のライフワークでもあり、それを映像に残すことができたのは、大変意義深く、貴重な体験でした。

 そして、いよいよ今年は、勘九郎の兄の勘三郎襲名公演が控えています。これについては、また月を改めまして、お話させていただきたいと思います。
 今年も、歌舞伎の「懐の深さ」の中で、伝統の古典から新しい演目まで、さまざまなことにチャレンジしていきたいと思います。舞台だけでなく、映画もやりたい、テレビドラマもやりたい、と意欲満々でおります。
 今後も、どうぞ福助を応援してください。ひとりでも多くの方にこのサイトに遊びに来ていただきたいと思っております。
 今後共、どうぞよろしくお願い申し上げます。

九代目中村福助

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